結論から申し上げますと、

民間企業が
法律上は「他人である従業員の求めに応じ」、
社会保険の手続きは会社が「業として」行うものという意思の元、
傷病手当金の支給申請書を作成・提出し、
そのお礼として、とらやの羊羹を貰う等の「報酬を得」た場合、
社会保険労務士又は社会保険労務士法人でない者が、
社労士の独占業務であるいわゆる1号業務を行ったこととなり、
その企業は、社労士法第27条違反となる可能性が高い。

と考えます。



社会保険労務士法
(業務の制限)
第二十七条 社会保険労務士又は社会保険労務士法人でない者は、
他人の求めに応じ報酬を得て、
第二条第一項第一号から第二号までに掲げる事務を業として行つてはならない。
ただし、
他の法律に別段の定めがある場合及び政令で定める業務に付随して行う場合は、
この限りでない。


第三十二条の二 次の各号のいずれかに該当する者は、
一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
六 第二十七条の規定に違反した者


「傷病手当金」とは、
健康保険の被保険者が
プライベートで病気やケガをした場合に、
健康保険から支給される生活費のことです。

傷病手当金を貰うためには、
支給申請書を協会けんぽや健保組合に
提出する必要があるのですが、
申請義務者って誰でしょうか?

病気や怪我をした被保険者本人(Aさんと仮定)ですよね。

Aさんがプライベートでケガをして、
傷病手当金が貰える場合、
その支給申請手続きは、
Aさんの勤務先(法人であるB社と仮定)が行う。
というのが世間の一般認識だと思います。

ですが、
よく考えてみてください。

自然人である従業員個人と法人である会社が
同一人であるはずがありません。

従業員個人と法人である会社は別人であり、「他人」です。

ということは、
従業員が申請すべき申請書を会社が作成することは、
「他人の求めに応じ」ていると考えられないでしょうか?





ここでは、

社会保険労務士でない個人事業主
または
社会保険労務士法人でない法人企業が、
従業員が申請義務者である書類を作成し得るのか?

について

@「他人の求めに応じ、報酬を得て、業として」行うことが可能か?

A「他の法律に別段の定めがある場合」に該当するのか?

B「政令で定める業務に付随して行う場合」に該当するのか?

それぞれ検証してみます。







●「他人の求めに応じ」

前述のとおり、
従業員Aさん個人と法人のB社は、
法律上、別人であり、「他人」です。

ただし、
AさんはB社という法人の一構成要素である
という側面もあります。

たとえば、
Aさんが業務中にケガをし、
お医者さんの治療を受ける場合、
「療養補償給付たる療養の給付請求書」を
労働基準監督署に提出します。

この場合も請求人はAさん個人ですが、
B社の一構成要素であるAさんがケガをした
と考える方が自然です。

とすれば、
この場合はAさん個人が申請するというよりも
B社の一部であるAさんが申請する
と捉えるべきではないでしょうか?

そうであれば、
「他人の求めに応じ」てはいないと考えられます。

 

一方、
設例の場合、
Aさんはプライベート中のケガが原因で
傷病手当金を請求することになります。

このケガはAさん個人の行為が原因であり、
B社にはまったく関係がありません。

この場合、
AさんとB社は他人である
と考えた方が自然な気がします。

したがって、
ここでは、
B社は他人であるAさんの求めに応じて、
申請書を作成したものと考えます。

 

●「報酬を得て」

「報酬を得て」の定義として、
全国社会保険労務士会編(2008)「社会保険労務士法詳解」P436によれば、
「受けた給付が事務の対価であるか否かは、
その事務と相当因果関係を有する反対給付か否か
によって判断すべきである。」
とされています。

会社は従業員から労働の給付を受け、
その反対給付として賃金を支払います。

その労働条件の中に、
「社会保険の諸手続き等は会社が行う。」
という事実たる慣習が含まれるとするならば、
申請書の作成という事務と労働の提供の間には、
ちょっとした因果関係はあるような気がします。

ですが、
「報酬を得て」の要件である「相当因果関係を有する」
とまでは言えないと思います。

ただし、
従業員から
申請書作成に対する明らかな見返りとして、
手数料を貰う、物を貰う、感謝の気持ちを受ける等の
「相当因果関係を有する」対価を受けた場合は、
「報酬を得て」に該当するでしょう。

余程がめつい会社でない限り、
従業員の傷病手当金支給申請書を書いてあげても
従業員に手数料を要求したりしません(よね?)。

B社も
Aさんに手数料は要求していない
と信じたいものです。

 

●「業として」

「一定の目的をもって同種の行為を反復継続的に遂行するか、
1回限りの行為であったとしても反復継続の意思をもって行えば」、
「業として行う」に該当すると考えます。

B社は、
従業員の社会保険関係の手続きを
反復継続的に行う意思を持っている
と考えられます。

したがって、
B社は業として申請書の作成をしている
と考えてよいでしょう。

 

以上より、
B社がAさんの傷病手当金支給申請書を作成するという行為は、
「他人の求めに応じ」、「業として」行ってはいるが、
手数料等の相当因果関係を有する「報酬を得て」いなければ
社労士法違反でない可能性が高いと結論付け出来そうです。







「他の法律に別段の定めがある場合」とは、
たとえば、
弁護士法や労働保険徴収法が該当します。



弁護士法
(弁護士の職務)
第三条 弁護士は、
当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によつて、
訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等
行政庁に対する不服申立事件に関する行為
その他一般の法律事務を行うことを職務とする。

2 弁護士は、
当然、弁理士及び税理士の事務を行うことができる。



労働保険徴収法
(労働保険事務組合)
第三十三条 中小企業等協同組合法第三条の事業協同組合
又は協同組合連合会その他の事業主の団体又はその連合団体
(法人でない団体又は連合団体であつて代表者の定めがないものを除く。以下同じ。)は、
団体の構成員又は連合団体を構成する団体の構成員である事業主
その他厚生労働省令で定める事業主
(厚生労働省令で定める数を超える数の労働者を使用する事業主を除く。)の委託を受けて、
この章の定めるところにより、
これらの者が行うべき労働保険料の納付その他の労働保険に関する事項
(印紙保険料に関する事項を除く。以下「労働保険事務」という。)
を処理することができる。


以上のように、
弁護士は、法律に関する事務全般を行うことができ、
労働保険事務組合は、労働保険事務を行うことができます。

健康保険法にも、
事業主に事務を行わせる旨の規定が
多数存在します。
たとえば、法第48条では、



健康保険法
(届出)
第四十八条 適用事業所の事業主は、
厚生労働省令で定めるところにより、
被保険者の資格の取得及び喪失並びに報酬月額及び賞与額に関する事項を
保険者等に届け出なければならない。



健康保険法施行規則
(被保険者の資格取得の届出)
第二十四条 法第四十八条の規定による被保険者(任意継続被保険者を除く。)
の資格の取得に関する届出は、
当該事実があった日から五日以内に、
様式第三号による健康保険被保険者資格取得届を
機構又は健康保険組合に提出することによって行うものとする。


とされており、
法第48条の規定により、
事業主が届出義務者とされる手続きは
以下のとおりです。

第25条(報酬月額算定基礎届)
第26条(報酬月額変更届)
第26条の2(育児休業等終了時報酬月額変更届)
第26条の3(産前産後休業終了時報酬月額変更届)
第27条(被保険者賞与支払届)
第28条(被保険者資格喪失届)

第48条の他に第197条においても、
保険者が事業主に事務を行わせることができる旨
が規定されています。



健康保険法
(報告等)
第百九十七条 保険者
(厚生労働大臣が行う第五条第二項及び第百二十三条第二項
に規定する業務に関しては、厚生労働大臣。次項において同じ。)は、
厚生労働省令で定めるところにより、
被保険者を使用する事業主に、
第四十八条に規定する事項以外の事項に関し報告をさせ、
又は文書を提示させ、
その他この法律の施行に必要な事務を行わせることができる。

2 保険者は、厚生労働省令で定めるところにより、
被保険者(日雇特例被保険者であった者を含む。)
又は保険給付を受けるべき者に、
保険者又は事業主に対して、
この法律の施行に必要な申出若しくは届出をさせ、
又は文書を提出させることができる。


たとえば、
被扶養者の届出や
被保険者証の保険者からの受理および被保険者への交付等
がこれに該当します。



健康保険法施行規則
(被扶養者の届出)
第三十八条 被保険者は、
被扶養者を有するとき、又は被扶養者を有するに至ったときは、
五日以内に、次に掲げる事項を記載した被扶養者届を事業主を経由して
厚生労働大臣又は健康保険組合に提出しなければならない。


設問の傷病手当金の支給申請についても
以下のとおり明確に規定されています。



健康保険法施行規則
(傷病手当金の支給の申請)
第八十四条 法第九十九条第一項の規定により
傷病手当金の支給を受けようとする者は、
次に掲げる事項を記載した申請書を保険者に提出しなければならない。

四 労務に服することができなかった期間

五 被保険者が報酬の全部又は一部を受けることができるときは、
 その報酬の額及び期間

八 傷病手当金が法第百九条の規定によるものであるときは、
 受けることができるはずであった報酬の額及び期間、
 受けることができなかった報酬の額及び期間、
 法第百八条第一項ただし書、第三項ただし書又は第四項ただし書の規定により
 受けた傷病手当金の額並びに報酬を受けることができなかった理由

2 前項の申請書には、次に掲げる書類を添付しなければならない。

一 被保険者の疾病又は負傷の発生した年月日、原因、主症状、経過の概要
 及び前項第四号の期間に関する医師又は歯科医師の意見書

二 前項第四号、第五号及び第八号に関する事業主の証明書


これによれば、
休業中の賃金の支払いの有無等について、
事業主が証明書を作成する旨は規定されていますが、

「傷病手当金の支給を受けようとする者は、
次に掲げる事項を記載した申請書を
保険者に提出しなければならない。」
とある以上、
申請書そのものの作成および提出については、
申請義務者である被保険者自身が行うべきと考えられます。

どうやら、
事業主が従業員の傷病手当金の手続きをしてよいという
「他の法律に別段の定め」はないようです。

 

※傷病手当金は
会社から給料が支払われる場合、
支給額が調整されます。

この規定は、
出産手当金も同様です。

傷病手当金では、
「その報酬の額及び期間(第5号)」について
事業主が証明する規定になっていますが、
出産手当金では同様の規定が存在せず、
事業主が証明しなければならないのは、
「労務に服さなかった期間」のみとされています。
したがって、
被保険者自身が「その報酬の額及び期間」を
記載できることになってしまい、不合理です。



健康保険法施行規則
(出産手当金の支給の申請)
第八十七条 法第百二条第一項の規定により
出産手当金の支給を受けようとする者は、
次に掲げる事項を記載した申請書を保険者に提出しなければならない。

四 労務に服さなかった期間

五 出産手当金が法第百八条第二項ただし書の規定によるものであるときは、
 その報酬の額及び期間

六 出産手当金が法第百九条の規定によるものであるときは、
 受けることができるはずであった報酬の額及び期間、
 受けることができなかった報酬の額及び期間、
 法第百八条第二項ただし書の規定により受けた出産手当金の額
 並びに報酬を受けることができなかった理由

2 前項の申請書には、次に掲げる書類を添付しなければならない。

一 出産の予定年月日に関する医師又は助産師の意見書

二 多胎妊娠の場合にあっては、その旨の医師の証明書

三 前項第四号の期間に関する事業主の証明書








社会保険労務士法施行令
(業務の制限の解除)
第二条 法第二十七条ただし書の政令で定める業務は、
次に掲げる業務とする。

一 公認会計士又は外国公認会計士が行う
 公認会計士法第二条第二項に規定する業務

二 税理士又は税理士法人が行う
  税理士法第二条第一項に規定する業務



公認会計士法
(公認会計士の業務)
第二条 公認会計士は、他人の求めに応じ報酬を得て、
財務書類の監査又は証明をすることを業とする。

2 公認会計士は、前項に規定する業務のほか、
公認会計士の名称を用いて、他人の求めに応じ報酬を得て、
財務書類の調製をし、財務に関する調査若しくは立案をし、
又は財務に関する相談に応ずることを業とすることができる。
ただし、
他の法律においてその業務を行うことが制限されている事項については、
この限りでない。



(税理士の業務)
第二条 税理士は、他人の求めに応じ、租税に関し、
次に掲げる事務を行うことを業とする。
一 税務代理
二 税務書類の作成
三 税務相談


以上より、
公認会計士や税理士でない一般企業が
「政令で定める業務に付随して」
従業員の傷病手当金の手続きをすることはありえず、

公認会計士等によるB社の財務書類作成や
税理士等によるB社の税務書類作成に
Aさんの傷病手当金が付随するとも到底思えません。

 

よって、
「政令で定める業務に付随して」
事業主が従業員の傷病手当金の手続きをすること
もありえないようです。

 

以上より、

民間企業が
法律上は「他人である従業員の求めに応じ」、
社会保険の手続きは会社が「業として」行うものという意思の元、
傷病手当金の支給申請書を作成・提出し、
そのお礼としてとらやの羊羹を貰う等の「報酬を得」た場合、
社会保険労務士又は社会保険労務士法人でない者が、
社労士の独占業務であるいわゆる1号業務を行ったこととなり、
社労士法第27条違反となる可能性が高い。

と考えられます。

B社に勤務社労士のCさんがおり、
手続きそのものは、Cさんが行った場合、
他人であるB社が1号業務を行ったことに変わりはなく、
B社は第27条違反を免れないでしょう。
たとえ、
顧問契約をしている開業社労士Dに依頼した場合でも
B社は第27条違反となると考えます。



それでは、
上記の場合、
勤務社労士Cさんや開業社労士Dさんは、
第23条の2違反になるのでしょうか?



社会保険労務士法
(非社会保険労務士との提携の禁止)
第二十三条の二 社会保険労務士は、
第二十六条又は第二十七条の規定に違反する者から
事件のあつせんを受け、
又はこれらの者に自己の名義を利用させてはならない。

(名称の使用制限)
第二十六条 社会保険労務士でない者は、
社会保険労務士又はこれに類似する名称を用いてはならない。
2 社会保険労務士法人でない者は、
社会保険労務士法人又はこれに類似する名称を用いてはならない。
3 社会保険労務士会又は連合会でない団体は、
社会保険労務士会若しくは全国社会保険労務士会連合会又は
これらに類似する名称を用いてはならない。


この場合の「あっせん」とは、
「Aさんを紹介してもらう」とか、
「申請手続きという業務を世話してもらう」程度の意味
と考えてよいでしょう。

事例の場合、
勤務社労士Cさんや開業社労士Dさんは、
あっせんしてもらったと解釈しにくいので、
第23条の2違反にならないと考えます。

また、
B社がAさんからとらやの羊羹を貰い、
開業社労士Dさんを紹介しただけの場合は、
B社は社労士法第27条違反とはならず、
D社労士も第23条の2違反になりません。



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