【事例】
・製造業であるA社。
・A社は、東京にB工場、千葉にC工場を持ち、製品を製造。
・A社に勤めるDさんは、唯一無二の技術を持つスゴ腕職人。
・Dさんの特殊技術は、B工場およびC工場ともに必須。
・苦肉の策として、Dさんは奇数月はB工場、偶数月はC工場にて勤務。
・Dさんの残業時間(法定労働時間超え)は、毎月キッチリ80時間。

 

問:Dさんの働き方は、労働法令に違反するか?

 

倫理的な議論はさておき、

理論的に残業時間の上限について考えてみたいと思います。

 

 

 

【基礎知識その1:残業にまつわる様々なルール】

社員が法定労働時間を超えて残業しても、

労働基準監督官に怒られないようにするためには、

以下の様々なルールを知らなくてはなりません。

 

・36協定に書ける法定労働時間を超える残業時間は
原則、@月間45時間以内、A年間360時間以内だぞ。

・36協定の特別ルールとして、残業時間と法定休日労働時間
を合計して、B月間100時間未満、C年間720時間以内なら
許してやらんでもない。

・D特別ルールBを適用する際、@の月間45時間を超えられる
のは、1年間で最大でも6回(月)までだから注意しろよ。

・Eいかなる場合であっても、1月間の残業と
法定休日労働時間の合計が100時間以上となった場合は、
6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金にするからな。

・F残業と法定休日労働時間の合計が複数月平均で
80時間を超えた場合もEと同罪だ!

・G週40時間を超える労働時間が、月に80時間を超える場合、
社員が希望するときは、お医者さんに診てもらえよ。

・H法定労働時間を超える残業には、25%の割増賃金を払え。

・I月60時間を超える残業時間の割増賃金は、50%に倍増だ!

 

 

 

【基礎知識その2:複数事業場での労働時間の通算】

労働法は、基本的に「事業」単位で適用されます。

 

つまり、残業時間など労働時間の管理も基本的には、

事業単位で管理することになります。

 

副業・兼業が叫ばれる昨今、複数の仕事を掛け持ちする

労働者も珍しくなくなりましたが、異なる事業場での

労働時間が通算されないのは、労働者保護に欠けるため、

労働基準法第38条において、下記のとおり規定し、

副業・兼業による長時間労働を規制しています。

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

労働基準法第38条(時間計算)
労働時間は、事業場を異にする場合においても、
労働時間に関する規定の適用については通算する。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

【労働時間が通算されないルールが存在する!】

平成31年4月に厚生労働省労働基準局が公表した

「改正労働基準法に関するQ&A」2−7において、

以下の趣旨の問答が掲載されています(超要約してます!)。

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

《問》
同一企業内のA事業場からB事業場へ転勤した
労働者について、両事業場における当該労働者の
時間外労働時間数を通算して適用しますか。

 

《答》
36協定により延長できる時間の限度時間は、
事業場における36協定の内容を規制するものであり、
特定の労働者が転勤した場合は通算されません 。

これに対して、時間外労働と休日労働の合計で、
単月100時間未満 、複数月平均 80 時間以内の要件は、
労働者個人の実労働時間を規制するものであり、
特定の労働者が転勤した場合は法第 38 条第1項
の規定により通算して適用されます 。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

このQ&Aを考慮すると、冒頭の残業にまつわる

@からIまでのルールのうち、36協定の内容を規制する

@からDは、特定の労働者が転勤した場合は通算しない

と解釈できそうです。

 

 

 

【Dさんの事例を検証してみる】

1.B工場とC工場は、それぞれ別個の事業場と取り扱われている。

2.B工場およびC工場において、残業時間と法定休日労働
の合計が月80時間(年6回)、年間480時間まで可能となるように
36協定の特別ルールを適用し、労働基準監督署に届け出ている。

3.Dさんは毎月転勤を繰り返しているものとする。

と仮定した場合、Dさんの働き方は合法なのでしょうか?

 

ルール別に検証してみます。

 

@、A:36協定の特別ルールB、Cを適用しているので無視。

B:Dさんの残業時間はB工場およびC工場ともに月80時間
であり、36協定の範囲内なのでOK。

C:Dさんの残業時間は合計で年間960時間もあるが、
B工場とC工場の残業時間は通算されないため、
それぞれ年480時間となり、36協定の範囲内なのでOK。

D:Dさんは毎月45時間を超える残業を行っているが、
B工場とC工場の残業回数も通算されないため、
それぞれ年6回となり、36協定の範囲内なのでOK。

E、FおよびGは、毎月80時間なので、ギリギリOK。

Hは、毎月60時間は、25%の割増賃金を支払えばOK。

Iは、毎月20時間は、50%の割増賃金を支払えばOK。

 

結果、屁理屈かもしれませんが、

Dさんの働き方は、労働法令に明確に違反してはいない。

と言えそうです。

 

 

 

今回言いたかったのは、

事業の区分け、単位を軽く考えるべきではないということ。

 

事業の単位を軽く考えている労働基準監督官が見受けられますが、

事業の単位によって、労働法の適用が変化することを考えると

事業の単位は、企業経営上とても重要な事項だと思うのです。

 

とはいえ、

事業の単位は、経営者や労働基準監督官の都合で

決められるものではなく、事実に基づき客観的に

定まるものだというところが、悩ましいのですが・・・。



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