労働・社会保険関係法の基本方針として、

「実態に則して判断する。」

という考え方があります。

たとえば、

「Aさんとは請負契約しているから、社会保険には入れない。」

という企業を見かけますが、

Aさんが他の社員(労働者)とまったく同じ扱いを受けている場合、

その請負契約は偽装請負と判断できそうです。

この場合、会社とAさんは実態として、

指示されたことに従う使用従属関係

にあると考えられます。

社会保険の被保険者は、

実態として「適用事業所に使用される者」であればよく、

会社とAさんの間に法律上の雇用関係があるかどうか?

は必須条件ではありません。

したがって、

「実態に則して判断する。」と

会社はAさんを社会保険の被保険者にする義務がある

ことになります。

労働・社会保険関係法の実効性を担保するためには、

「実態に則して判断する。」のは、

現実的・合理的な方法なのでしょう。

 

 

特殊な技術を持つ建設会社のお話。

・特殊な技術を持っているので、日本全国の現場に呼ばれる。
・一度現場に入ると、1月以上張り付くのは当たり前の世界。
・遠方の現場の場合、会社が借家を借り、社員は借家から通勤する。
・借家には、賄いが付く場合とそうでない場合の2パターンがある。
・自宅から離れて暮らすとなると、いろいろ入用だろうということで、
賄いが付く場合:500円/日、賄いが付かない場合:1,500円/日
というルールで「遠方現場手当」を支払っている。

さて、この「遠方現場手当」は、

割増賃金の単価を計算する際に

単価の算定基礎に算入するべき賃金なのでしょうか。

 

 

割増賃金の算定の基礎に算入しなくてよい賃金は、

労働基準法第37条および施行規則第21条に明示されています。

すなわち、

1.家族手当
2.通勤手当
3.別居手当
4.子女教育手当
5.住宅手当
6.臨時に支払われる賃金
7.1か月を超える期間ごとに支払われる賃金

の7種類に限定されています。

このうち、

1〜5の賃金が除外される理由は、

労働と直接的な関係が薄く個人的事情に基づいて支給される

という性質によります。

一方で、

6と7の賃金が除外される理由は、

計算技術上の困難があるためとのこと。

ちなみに、

平成11年に追加された住宅手当を除く6つの賃金は、

昭和22年の労働基準法立法当初から除外されていました。

 

 

この問題は要するに、

「遠方現場手当」が上記7種類の除外賃金に含まれるかどうか?

が論点ということになりますが、

困ったことに上記7種類の除外賃金のうち、

名前以外その実態がまったく不明な賃金が2つ存在します。

 

「別居手当」と「子女教育手当」がそれです。

 

この2つ以外の賃金は、

施行規則や行政の解釈例規である通達において、

具体的にどのようなものが該当するか?

判断の目安が示されています。

 

【家族手当】

「家族手当」とは、「扶養家族又はこれを基礎とする家族手当額
を基準として算出した手当」をいい、たとえその名称が物価手当、
生活手当等であっても、右に該当する手当であるか又は扶養家族数
もしくは家族手当額を基礎として算定した部分を含む場合には、
その手当又はその部分は、家族手当として取り扱われる。
(昭和22年11月5日 基発第231号、昭和22年12月26日 基発第572号)

しかしながら、家族手当と称していても、扶養家族数に関係なく
一律に支給される手当や一家を扶養する者に対し基本給に応じて
支払われる手当は、本条でいう家族手当ではなく、また、扶養家族ある者
に対し本人分何円、扶養家族1人につき何円という条件で支払われるとともに、
均衡上独身者に対しても一定額の手当が支払われている場合には、
これらの手当のうち、「独身者に対しても支払われている部分及び
扶養家族あるものにして本人に対して支給されている部分は家族手当ではない。」
(昭和22年12月26日 基発第572号)

 

 

【通勤手当】

「通勤手当」とは、労働者の通勤距離又は通勤に要する
実際に費用に応じて算定される手当と解されるから、
通勤手当は原則として実際距離に応じて算定するが、
一定額までは距離にかかわらず一律に支給する場合には、
実際距離によらない一定額の部分は労働基準法第37条の
通勤手当ではないから、割増賃金の基礎に算入しなければならない。
(昭和23年2月20日 基発第297号)

 

 

【住宅手当】

具体的範囲
@ 割増賃金の基礎から除外される住宅手当とは、
住宅に要する費用に応じて算定される手当をいうものであり、
手当の名称の如何を問わず実質によって取り扱うこと。

A 住宅に要する費用とは、賃貸住宅については、
居住に必要な住宅(これに付随する設備等を含む。以下同じ。)
の賃貸のために必要な費用、持家については、
居住に必要な住宅の購入、管理等のために必要な費用をいうものであること。

B 費用に応じた算定とは、費用に定率を乗じた額とすることや、
費用を段階的に区分し費用が増えるにしたがって額を多くすること
をいうものであること。

C 住宅に要する費用以外の費用に応じて算定される手当や、
住宅に要する費用に関わらず一律に定額で支給される手当は、
本条の住宅手当に当たらないものであること。

イ 本条の住宅手当に当たる例
(イ) 住宅に要する費用に定率を乗じた額を支給することとされているもの。
例えば、
賃貸住宅居住者には家賃の一定割合、
持家居住者にはローン月額の一定割合を支給することとされているもの。

(ロ) 住宅に要する費用を段階的に区分し、
費用が増えるにしたがって額を多くして支給することとされているもの。
例えば、
家賃月額5〜10万円の者には2万円、
家賃月額10万円を超える者には3万円を支給することとされているようなもの。

ロ 本条の住宅手当に当たらない例
(イ) 住宅の形態ごとに一律に定額で支給することとされているもの。
例えば、
賃貸住宅居住者には2万円、持家居住者には1万円を支給する
こととされているようなもの。

(ロ) 住宅以外の要素に応じて定率又は定額で支給することとされているもの。
例えば、
扶養家族がある者には2万円、扶養家族がない者には1万円を支給する
こととされているようなもの。

(ハ) 全員に一律に定額で支給することとされているもの。
(平成11年3月31日 基発170号)

 

 

【臨時に支払われる賃金】


「臨時に支払われる賃金」とは、
「臨時的、突発的事由にもとづいて支払われるものおよび
結婚手当等支給条件は予め確定されているが、
支給事由の発生が不確定であり、かつ非常に稀に発生するもの」をいう
(昭和22年9月13日 発基第17号)


とされており、具体的に例示するならば、

・結婚手当
・私傷病手当
・加療見舞金
・退職金

が該当します。

 

 

【1か月を超える期間ごとに支払われる賃金】

賃金は原則として、

毎月支払うことが労働基準法第24条により、

定められています。

「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」は、

毎月支払いの例外となる賃金であり、

・年二期の賞与
・1か月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当
・1か月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
・1か月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給又は能率手当

が該当します。

 

 

・・・ですが、

「別居手当」と「子女教育手当」については、

一言の解説も存在しません!


家族手当等の意義
(昭和22年9月13日 発基17号)

家族手当、通勤手当および規則第21条に掲げる
別居手当、子女教育手当は名称にかからわらず
実質によって取り扱うこと。


 

どのような手当が別居手当、子女教育手当に該当するのか?

を明確にしておかないと、「実質によって取り扱うこと。」が

できないので、独自の解釈を試みます。

 

【別居手当】

通勤・勤務の都合により、
同一世帯の家族と別居を余儀なくされる労働者に対して、
世帯が二分されることによる生活費の増加を補うために支給される手当

と定義できそうです。

単身赴任に対する手当は、

間違いなく、別居手当に該当するといえるでしょう。

 

 

【子女教育手当】

「在外公館の名称及び位置並びに在外公館に
勤務する外務公務員の給与に関する法律」
では、

「在外職員の子女が海外で学校教育等を受けるのに
必要な経費に充当するために支給され、
その月額は子女一人につき18,000円です。
支給を受けられるのは、4歳以上、原則として18歳未満の、
海外で教育を受ける子女を有する在外職員です。」

とされています。

上記を考慮すると、

労働者の子が学校教育等を受けるのに必要な
経費に充当するために支給される手当

と定義できそうです。

 

 

事例の「遠方現場手当」は、

「現場が遠方であり通勤不能のため生活の拠点である

自宅を離れたことによる生活費の増加を補うために

支給される手当」であると考えられます。

であれば、

「遠方現場手当」≒「別居手当」と考えることができ、

割増賃金の計算から除外できるという理屈が成立し得る

と考えます。

 

ちなみに、

出張時の旅費や業務資材の購入費を支払う

いわゆる実費精算は、

労働基準法で言う「賃金」には該当しないので、

当然の帰結として、

割増賃金の算定の基礎に算入する必要はありません。



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