あまり知られておりませんが、管理監督者と同様に、

農水産業に従事する労働者には、労働基準法の

1日8時間、1週40時間までという法定労働時間の規定や

労働時間に応じて休憩を与えるという休憩に関する規定や

1週間に1回は休みを与えるべしという法定休日の規定が

適用されません(以下、法定労働時間等の規定と略。)。

適用を除外される理由は、

農水産業は天候等の自然条件に大きく左右されるため、

法定労働時間や週休制になじまない業種だから

と、行政の労働基準法の解説書に記載されています。

そこで疑問に思ったのが、農水産業の事業所において、

当人はまったく農水産業の現場仕事に従事しない

労働者に、法定労働時間等の規定は適用されるのか?

ということ。

農業法人の事務職員が残業したときに割増賃金を支払うべきか?

について考えてみたいと思います。

【事例】

・季節の野菜を露地栽培し、出荷している法人企業。
・畑のすぐそばに小さな出荷場兼事務所がある。
・社員数は、現場職4名、事務職1名の合計5名。
・忙しい時季は、現場職は月間300時間以上働いたりもする。
・事務職の労働時間は、現場職の繁閑と比例関係にある・・・。

・法定労働時間等の規定が適用されない労働者とは?

・「事業」とは?

・事例を検証してみる。

 

 

【法定労働時間等の規定が適用されない労働者とは?】

労働基準法第41条には、さまざまな理由により、

法定労働時間等の規定が適用されない労働者が列挙

されています。

1.農水産の事業に従事する者
⇒天候等の自然条件に大きく左右されるから。

2.監督もしくは管理の地位にある者
⇒法定労働時間の規制を超えて活動しなければ
ならない企業経営上の必要性があるから。
いわゆる管理監督者。

3.機密の事務を取り扱う者
⇒管理監督者と行動を共にするから。いわゆる秘書。

4.監視または断続的労働に従事する者
⇒労働密度が疎だから。適用を除外するためには
労働基準監督署の許可が必須。

これらの者には、

・1日8時間、1週40時間までという法定労働時間の規定
・労働時間に応じて休憩を与えるという休憩に関する規定
・1週間に1回は休みを与えるべしという法定休日の規定

が適用されないので、イモづる式に、

・法定労働時間を超えて残業させたり、法定休日に出勤させたり
する場合には、36協定の届け出が必須
・残業代や休日出勤手当には、法定以上の割増賃金の加算が必須

という規定も除外されることになります。

 

 

【「事業」とは?】

「農水産の『事業』に従事する」かどうか?

の判断をするためには、「事業」とは何か?を

理解する必要がありそうです。

労働基準法第9条において、

この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、
事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、
賃金を支払われる者をいう。

と定義されています。

労働基準法の適用単位である「事業」について、

行政は以下の解釈をしています。

・事業とは、一定の場所において相関連する組織の
もとに業として継続的に行われる作業の一体をいう。
⇒同じ法人でも全事業が1個の事業となるとは限らない。

・原則として、場所的観念によって決定する。
⇒東京本社と沖縄支社は、場所的に独立しており、
原則として、別個の事業と言える。

・同一の場所にあっても、著しく異なる業を行う
複数の部門がある場合、独立した事業とすることが
適切なときがある。
ただし、個々の労働者の業務による分割は認められない。
⇒工場内の診療所や食堂は、独立した事業たり得る。

・場所的に独立していても、規模が小さい場合は、
独立した事業として取り扱うべきでない。
⇒小規模な建設現場は、独立した事業としては不適切。

 

 

【事例を検証してみる。】

この法人は、

「季節の野菜を露地栽培し、出荷している。」ことから、

農水産の事業であると考えられ、そこで働く労働者は、

労働基準法第41条の対象者であると考えられます。

したがって、

現場職(4名)については、法定労働時間等の規制が

適用除外となることは間違いないでしょう。

 

事務職員(1名)は、

農作業そのものには従事していませんが、

・畑のすぐそばにある事務所に居り、現場職と同一の場所で
働いている。

・現場職が忙しい時は事務職も忙しいことから、現場職と事務職
は一体となって労働していることが伺える。

・個々の労働者の業務による分割は認められないということは、
事務職員のみを独立した事業として労働基準法を個別に適用
することはあり得ない。

ということから総合的に判断すると、

事務職も法定労働時間等の規制が適用除外となる

と解釈すべきです。

以上より、

事例の農業法人の事務職員が法定労働時間を超えて

残業したとしても、法律上は割増賃金を支払う義務

がないと考えられます。

 

ちなみに、

・社員数5,000人の巨大な農業法人
・現場職(4,500人)が働く栽培現場は沖縄県
・事務職(500人)が働く事務所は東京都

のような場合であれば、

東京事務所の事務職員は、

現場職と別個の事業に使用されていると考えられ、

労働基準法も個別に適用されるべきなので、

残業したらキッチリ割増賃金を加算した残業代を

支払う義務があるでしょう。

労働基準法の適用単位である「事業」という概念も

実はなかなか奥が深いと思いませんか?





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