「今までは未払い残業代請求があっても、過去2年間分を 支払えばOKだったけど、今後は過去5年間分になるので、 中小企業は倒産しちゃうかもしれないから要注意だよ♪」 という話題を小耳にはさんだことがないでしょうか? この話題の発端は、 令和2年4月に労働基準法(以下、労基法と略。)の 「時効」のルールが変わったことにあります。 この「時効」というルールですが、一見単純なようで、 実はかなり奥が深いというジジツに気が付きました。 ここでは、労務管理担当者が知っておくべき 時効の基礎知識についてお伝えしたいと思います。 ・時効とは?
民事上の時効には、 ・取得時効:他人の物を一定期間占有すると、所有権を取得する。 があり、労働関係(会社と社員)で重要なのは、消滅時効でしょう。 旧民法の消滅時効のルールは、 ・客観的に権利を行使することができる時から10年間 でしたが、令和2年4月1日施行の改正民法に、 ・債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間 が新たに追加されました。
労基法にも、昭和22年の法律制定当時から、 ・賃金などの請求権は、2年間 という消滅時効の規定がありました(第115条)。 この規定が、民法の消滅時効の改正に伴い改正され、 ・退職手当を含め、すべての賃金の請求権は、5年間に統一 となりました。
新しい労基法の消滅時効が適用されるのは、 施行日以降に発生する請求権が対象となります。 未払い賃金の請求権の場合、 令和2年4月1日以降に支払日が到来する賃金が対象 ということになります。 たとえば、 毎月25日が支給日の会社でウッカリ賃金の未払いがあった場合、 ・令和2年3月25日支給分:旧法適用⇒令和4年3月24日 までに、社員は会社に文句を言う必要があります。
上記の労基法の消滅時効の規定は、 「労基法の規定による請求権だけ」が対象であり、 労基法に規定のない請求権には民法が適用されます。 たとえば、 年休取得を申し出る権利は、労基法に規定されていますが、 社員が労働災害にあったときの精神的損害に対する慰謝料請求権は、 労基法に規定がないので、民法の消滅時効が適用されます。 民法の消滅時効が適用される場合に厄介なのが、 民法の消滅時効には様々な例外ルールがあるということ。 ここでは詳細には触れませんが、 ・施行日(令和2年4月1日)前に締結された労働契約は、旧法適用 ・施行日後に契約更新した労働契約は、新法適用 ・定型約款は、施行日前に締結されていても、施行日後は新法適用 ・施行日前に生じた労働契約に係る請求権は、旧法適用 ・施行日前に締結した労働契約に係る請求権は施行日後に生じた場合も、旧法適用 ・不法行為に基づく損害賠償請求権および生命・身体の侵害による損害賠償請求権は、 等があります。 ここでは単純に、 社員をケガや病気にさせてしまった場合や 今年の3月までに入社した社員に関しては、 例外ルールが適用されるときがあるんだね〜 ということを覚えておけばOKでしょう。
労基法に違反している場合には、民事の消滅時効だけでなく、 刑事上の公訴時効にも留意が必要です。 労基法には刑罰つきの規定があり、たとえば以下のとおり。 ・労基法上の最高刑罰:強制労働させた場合(第5条違反) ・36協定を超える残業をさせた場合(第32条違反) ・未払い賃金があった場合(第24条違反) とても悪質な労基法違反があった場合、 労働基準監督官が事件を検察官に送致し、 検察官が裁判所へ起訴状を提出することによって、 裁判が行われることになります。 検察官が裁判所へ起訴状を提出することを、 「公訴を提起する。」と言いますが、この公訴にも 独自の時効の規定があります。 ●刑事訴訟法第250条第2項 四 長期十五年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については七年 ※「長期」とは、「〇年以上△年以下」の「△年」の方を指します。 したがって、 令和2年5月25に支払った賃金に未払いがあった場合、 30万円以下の罰金⇒第六号に該当⇒公訴時効は3年間 ⇒令和5年5月24日までは起訴される可能性がある ということになります。
労基法の枠内なら、それほど複雑ではない時効制度ですが、 労基法の枠を超えると途端にディープな世界に突入する。 時効は、奥が深いということを頭にいれておきましょう。 |