健康保険法
(目的)
第一条 この法律は、労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法第七条第一項第一号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
【医療保険の歴史】
年 |
出来事 |
健康保険の推移 |
大正11年 |
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健康保険法制定 業務外事由も保険給付 |
昭和13年 |
国民健康保険制定 |
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昭和14年 |
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被扶養者に疾病又は負傷限定で任意給付 |
昭和17年 |
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被扶養者に分娩を追加し法定給付化 |
昭和21年 |
現行憲法制定 |
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昭和22年 |
労働基準法制定 |
第1条に「業務外の事由による」を加筆
被扶養者の死亡も保険給付対象に |
昭和30年 |
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いわゆる「谷間問題」通達発出
「被扶養者の業務上は不支給」という国を挙げた共同幻想が広まる |
平成23年 |
被扶養者保険給付不支給事件発生! |
小宮山洋子厚労大臣「谷間問題は改正すべきだ!」的な発言 |
平成25年 |
平成25年(行ウ)第13号裁判開始 |
第1条改正 |
平成27年 |
奈良地裁判決 |
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【旧第1条の条文構成による合理的解釈】
旧第一条 この法律は、『「労働者の(業務外の事由による疾病、負傷若しくは死亡)又は出産」及び「その被扶養者の疾病、負傷、死亡又は出産」』に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
この条文は、
三層の入れ子(マトリョーシカですね。)
構造
となっている。
「健康保険法の解釈と運用 第11版(株式会社法研 平成15年3月)」
P99に以下の記述がある。
(2)健康保険は、被保険者に対し、次の四種類の保険事故について保険給付を行うことを目的とし、障害、老齢および遺族に対する給付は行わない。
一 業務外の事由による疾病
二 業務外の事由による負傷
三 業務外の事由による死亡
四 出産
中略
(3)健康保険は、第二に、被保険者に対して保険給付を行うのみでなく、その被扶養者に対しても保険給付を行うことを目的とする。
この場合の保険事故についても、被保険者と同様、疾病、負傷、死亡または出産の四種である。
※
保険給付は、第110条等の条文のとおり、
必ず被保険者に対して支給されるものである。
被扶養者に医療行為という現物給付が行われるのではなく、
その費用について、
被保険者に金銭的給付がなされるだけである。
しかし、
記述がまどろっこっしいので、以下では便宜上、
「被扶養者にも保険給付がなされる」的な記述をする。
(家族療養費)
第百十条 被保険者の被扶養者が保険医療機関等のうち自己の選定するものから療養を受けたときは、被保険者に対し、その療養に要した費用について、家族療養費を支給する。
労働者のくだりが
「疾病、負傷若しくは死亡又は出産」であるのに対し、
被扶養者のくだりが「疾病、負傷、死亡又は出産」となっている理由は、
労働者については、
業務上外という概念が存在しない「出産」と
業務上外という概念が存在する「疾病、負傷または死亡」
を並列的に記述すべきでないという論理的判断があったものと推測できる。
一方、
被扶養者については、
業務上外を問わず「負傷、死亡または出産」に対する保険給付を予定していたため、
「業務外の事由による」というキーワードも
「若しくは」という接続詞も不要だと論理的に判断したとしか思えない。
また、
平成27年奈良地裁判決文のP3には、
昭和22年に「疾病,負傷,死亡又ハ分娩」を
「業務外ノ事由ニ因ル疾病,負傷若ハ死亡又ハ分娩」に改めたとある。
被扶養者にも業務外の事由による保険給付を行わないのであれば、
被扶養者のくだりも「疾病、負傷、死亡又は出産」ではなく、
「業務外の事由による疾病、負傷若しくは死亡又は出産」に改正すべきである。
以上より、
旧第一条の条文構成を合理的に解釈すると、
法律上当然に被扶養者には業務上外問わず
疾病、負傷、死亡または出産に関する保険給付を行うべきである。
【国民皆医療保険=日本国民には医療保険の保険給付を受ける法律上の権利があるのか?】
国民健康保険法
(この法律の目的)
第一条 この法律は、国民健康保険事業の健全な運営を確保し、もつて社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする。
(国民健康保険)
第二条 国民健康保険は、被保険者の疾病、負傷、出産又は死亡に関して必要な保険給付を行うものとする。
(保険者)
第三条 都道府県は、当該都道府県内の市町村(特別区を含む。以下同じ。)とともに、この法律の定めるところにより、国民健康保険を行うものとする。
2 国民健康保険組合は、この法律の定めるところにより、国民健康保険を行うことができる。
(被保険者)
第五条 都道府県の区域内に住所を有する者は、当該都道府県が当該都道府県内の市町村とともに行う国民健康保険の被保険者とする。
(適用除外)
第六条 前条の規定にかかわらず、次の各号のいずれかに該当する者は、都道府県が当該都道府県内の市町村とともに行う国民健康保険(以下「都道府県等が行う国民健康保険」という。)の被保険者としない。
一 健康保険法(大正十一年法律第七十号)の規定による被保険者。ただし、同法第三条第二項の規定による日雇特例被保険者を除く。
二 船員保険法(昭和十四年法律第七十三号)の規定による被保険者
三 国家公務員共済組合法(昭和三十三年法律第百二十八号)又は地方公務員等共済組合法(昭和三十七年法律第百五十二号)に基づく共済組合の組合員
四 私立学校教職員共済法(昭和二十八年法律第二百四十五号)の規定による私立学校教職員共済制度の加入者
五 健康保険法の規定による被扶養者。ただし、同法第三条第二項の規定による日雇特例被保険者の同法の規定による被扶養者を除く。
六 船員保険法、国家公務員共済組合法(他の法律において準用する場合を含む。)又は地方公務員等共済組合法の規定による被扶養者
七 健康保険法第百二十六条の規定により日雇特例被保険者手帳の交付を受け、その手帳に健康保険印紙をはり付けるべき余白がなくなるに至るまでの間にある者及び同法の規定によるその者の被扶養者。ただし、同法第三条第二項ただし書の規定による承認を受けて同項の規定による日雇特例被保険者とならない期間内にある者及び同法第百二十六条第三項の規定により当該日雇特例被保険者手帳を返納した者並びに同法の規定によるその者の被扶養者を除く。
八 高齢者の医療の確保に関する法律(昭和五十七年法律第八十号)の規定による被保険者
九 生活保護法(昭和二十五年法律第百四十四号)による保護を受けている世帯(その保護を停止されている世帯を除く。)に属する者
十 国民健康保険組合の被保険者
十一 その他特別の理由がある者で厚生労働省令で定めるもの
国保法第2条および第5条より、
「都道府県の区域内に住所を有する者≒日本に住んでいる者は、
何人たりとも例外なく、疾病、負傷、出産または死亡に関して必要な保険給付を行うぜ!」
と読める。
すなわち、
日本国民になると、
国民健康保険法により、
公的医療保険の保険給付を受ける権利が法律上当然に発生するのである。
第6条にて適用を除外されている者は、
国民健康保険法以外の公的医療保険法等の適用を受けるため、
適用を除外されているだけである。
つまり、
国民健康保険でも同様の保険給付を受ける権利を同時に持っていると、
給付を行うべき保険者がどちらであるかについて争いを生じかねず、
迅速な療養を受けることができなくなるという国民の不都合を回避するために
「1人に1保険事故に1医療保険」としたと考えるべきである。
とすれば、
健康保険の被扶養者も
疾病、負傷、出産または死亡に関して必要な保険給付を受ける権利を当然有しており、
「谷間問題」は国民健康保険法上あってはならない。
【旧第1条は本当に合理的な条文ではなかったのだろうか?】
結論から述べるなら、
それなりに合理的であったと思われるが、
目的条文と保険給付の対象条文を別々に記述した方がより美しかったと考える。
国民健康保険法第1条および第2条は
論理的かつ合理的で美しい。
●第1条は目的条文であるため、
保険給付の対象である「被保険者の…」とするより、
「労働者の…」とする方が目的条文としてはふさわしい。
●労災保険が、「労働者」を対象としており、
「被保険者の…」とするより、
「労働者の…」とする方がバランスが取れているとも言える。
●目的条文という性質を考慮すると
「労働者の業務外の事由による…」とするのも合理的と言えるが、
第1条で「業務外の事由による…」と記述しなくても、
第55条があれば「1人に1保険事故に1医療保険。」は実現できたと考える。
(他の法令による保険給付との調整)
第五十五条 被保険者に係る療養の給付又は入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費、訪問看護療養費、移送費、傷病手当金、埋葬料、家族療養費、家族訪問看護療養費、家族移送費若しくは家族埋葬料の支給は、同一の疾病、負傷又は死亡について、労働者災害補償保険法、国家公務員災害補償法(昭和二十六年法律第百九十一号。他の法律において準用し、又は例による場合を含む。)又は地方公務員災害補償法(昭和四十二年法律第百二十一号)若しくは同法に基づく条例の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、行わない。
2 被保険者に係る療養の給付又は入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費、訪問看護療養費、家族療養費若しくは家族訪問看護療養費の支給は、同一の疾病又は負傷について、介護保険法の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、行わない。
3 被保険者に係る療養の給付又は入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費、訪問看護療養費、移送費、家族療養費、家族訪問看護療養費若しくは家族移送費の支給は、同一の疾病又は負傷について、他の法令の規定により国又は地方公共団体の負担で療養又は療養費の支給を受けたときは、その限度において、行わない。
【グチ】
●昭和22年に第1条を改正した官僚は、
なかなかのリーガルマインドの持ち主であったと思われるだけに、
昭和30年に「谷間問題」通達を発出したのは残念である。
●昭和30年の「谷間問題」通達により、
「被扶養者にも業務外の事由が適用される」という
共同幻想が社会に広まったと思われる。
●小宮山厚労大臣も共同幻想の呪縛から逃れることができず、
公の場で発言してしまったため、
厚労省官僚も第1条の解釈を訂正できなかった…と思いたい。
●立法当初の業務上の事由も対象としていた時代に記述されたと思われる
「労働者」というキーワードを業務外に限定した後にも残したため、
ぎこちない構成になっている条文がまだまだ多数見受けられる。
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