3月のうららかなとある日、
来月入社をする予定の学生から、
「卒業記念登山中に滑落し全身骨折。全治6ヶ月。」
という残念な連絡が会社に入りました。

会社としては、
1名の採用枠しかないため、

選択肢A:内定を取消し、別の人を探す。

選択肢B:ケガや病気が治るまで待つ。

のいずれかを選択したいと考えています。

 

ここでは、事例のような
採用内定者が大ケガや大病をしてしまった結果、
入社日に仕事に就けない場合、どのように対応すべきか?
について考えてみたいと思います。

 

論点1.「採用内定」とは、どういうものか?

論点2.採用内定者との契約の解消は、どう考えるべきか?

論点3.社会保険は、どのように適用されるべきか?

 

 

論点1.「採用内定」とは、どういうものか?

一般的に「採用内定」とは、
新規学卒予定者と在学中に労働契約を締結し、卒業後入社させる採用方法
と言えると思います。

採用内定には、
法的には2段階あると考えられます。

「採用予定」と「採用決定」です。


採用予定段階は、

会社:「君は採用だ!」

学生:「よろしくお願いします!」

程度の口約束であいまいな契約内容に留まっており、
民事上の労働契約はまだ成立していないと考えられます。


一方、
採用決定段階は、
具体的な入社日の通知や入社誓約書の授受などの
使用従属関係に入る確定的意思表示があったのであれば、
民事上の労働契約が成立したと考えられます。

中途採用では、
採用内定というキーワードは使われませんが、
中途採用≒採用決定という理解でよいでしょう。

 

 

論点2.採用内定者との契約の解消は、どう考えるべきか?

採用内定者との契約の解消は、
採用内定が採用予定段階なのか?採用決定段階なのか?
によって法的に対応が異なります。


採用予定の場合、
民事上の労働契約は成立しておらず、
労働法上の「解雇」には当たらないと考えられます。

したがって、
採用の解約が不当であっても、
予約契約の不当破棄という民法上の不法行為
としての損害賠償責任のみを負うことになります。


一方、
採用決定の場合、
民事上の労働契約は成立しており、
労働契約の解約は「解雇」に当たるため、
合理的な理由がないと解雇が無効となります(労働契約法の範囲)。

採用内定の際に、
健康異常等の取消事由を約束する場合がありますが、
社会通念上妥当な取消事由が発生したのであれば、
正当な労働契約の解約と認められるでしょう。

 

 

論点3.社会保険は、どのように適用されるべきか?

【健康保険・厚生年金保険】

健康保険や厚生年金保険では、
適用事業所に「使用される」者を被保険者とする
としています。

健康保険に以下の通達があります。


健康保険被保険者資格取得に関する疑義解釈について
(昭和26年12月3日保文発第5255号)

健康保険及び厚生年金保険において、
被保険者となる者は、
法定の事業所に使用される者であるが、
実際には労務を提供せず、
したがって、
労務の対償として報酬の支払を受けない場合には、
実質上の使用関係がないものであるから、
使用される者でなく被保険者とならない。


 

要するに、
実際に会社で働いていることが重要であって、
単に名目的な労働契約があったとしても、
事実上の使用関係がない場合は
使用される者とはならず被保険者となれない
ことになります。

 

 

【雇用保険】

雇用保険では、
適用事業に「雇用される」労働者を被保険者とする
としています。

「雇用保険に関する業務取扱要領」に
以下の記述があります。


被保険者資格を取得する日
2 0 5 5 1( 1) 概要

適用事業に雇用された者は、原則として、
その適用事業に雇用されるに至った日から、
被保険者資格を取得する。

この場合、
「雇用されるに至った日」とは、雇用契約の成立の日を意味するものではなく、
雇用関係に入った最初の日
( 一般的には、被保険者資格の基礎となる当該雇用契約に基づき
労働を提供すべきこととされている最初の日) をいう。


 

雇用保険も、
健康保険や厚生年金保険と同様、
実際に会社で働いていない者は、
被保険者となれないことになります。

 

 

【労災保険】

労災保険の保護対象は、
あくまで「労働者」です。

採用決定者は、
民事上の労働契約は成立しているものの、
入社日までは労働契約の効力は発生していないので、

事業に使用される者で賃金を支払われる者

という労働者の定義のいずれの要件も満たしていません。

したがって、
労働基準法上の労働者には該当せず、
労働基準法の適用はなく、労災保険の保護対象でもない
ことになります。

 

 


以上の論点を踏まえて、
事例を検証してみます。

事例の学生は、
来月入社することが確定しているため、
採用決定段階にあると考えられます。

選択肢Aを選択する場合、
話し合いによる労働契約の合意解約を目指すべきですが、
たとえ合意に至らなかった場合でも、
6ヶ月という長期間労務の提供がなされないことを考慮すると、
正当な労働契約の解約=解雇と考えてよいでしょう。

事例の採用内定の際に
健康異常等の取消事由を約束していたかどうかは、
明確になっていませんが、
そのような約束があったとすれば、
その約束を根拠に労働契約を解約すればよいでしょう。

 

選択肢Bを選択する場合、
法的には
健康保険も厚生年金保険も雇用保険も
被保険者となれないことに注意してください。

私傷病の場合に、
健康保険から傷病手当金という生活費が支給されますが、
事例の場合、
被保険者でないので当然傷病手当金も受給できません。



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