社会保険には、「被扶養者」という制度がありますが、

被扶養者と認定されるための要件の1つとして、

「年収が130万円(60歳以上と一定の障害者は180万円)未満であること。」

があります。

 

会社は、社員の家族等を被扶養者として申請する際、

届出書に被扶養者の年収額を記載する必要があります。

 

この年収額について、改めて考えてみたところ、

そう簡単には計算できないことに思い至りました。

 

そこで今回は、

法的に正しい被扶養者の年収の計算方法

について考えてみたいと思います。

 

 

【社会保険法上の年収の基礎知識】

以下のような「継続して得られる収入」は、

すべて年収の対象となります。

・給与収入(交通費含む)
・事業収入
・不動産(家賃等)収入
・公的年金(遺族年金・障害年金含む)や企業年金
・雇用保険の失業給付や雇用継続給付
・健康保険の傷病手当金や出産手当金
・株式配当

 

「年」収なので、1年間の収入ということになりますが、

どの1年間であってもよいわけではなく、

収入判定時における今後1年間に見込まれる収入で判定します。

 

具体的には、被扶養者の個別事情を考慮した上で、

過去の収入、現時点の収入または将来の収入の見込み

などから、今後1年間に見込まれる収入を計算します。

 

人生が安定しており、去年も今年も来年も同様の年収が

見込めるのであれば、その年収で判定すればOKですが、

諸事情により、一時的に年収が増えたり減ったりする

ことはよくあることです。

 

過去1年間の収入が、

昇給または恒久的な勤務時間の増加を伴わない一時的な事情等により、

その1年間のみ上昇し、結果的に130万円以上となった場合、

被扶養者認定を遡って取り消されることは、原則としてありません。

 

たとえば、

医療従事者がコロナ対応で仕事を頑張った結果、

去年だけ一時的に給与収入が異常に増えてしまい

年収が130万円を超えたとしても、5類感染症に移行

した今年は通常勤務に戻り、年収が130万円未満となる

見込みであれば、被扶養者であり続けられます。

 

 

【課税(非課税)証明書で確認できることは限定的】

被扶養者の年収を確認する手段として、

市町村が発行する「課税(非課税)証明書」があり、

日本年金機構に被扶養者の届け出をする際の添付書類にも

指定されています(以下、「課税証明書」と略。)。

 

課税証明書には、

・給与所得(給与収入の記載あり)
・雑所得(老齢年金は雑所得、公的年金収入の記載あり)
・事業所得
・不動産所得
・配当所得
・一時所得
・退職所得
・譲渡所得
・利子所得
・山林所得

が記載されているため、これを確認しさえすれば、

事足りると思いがちですが、以下の理由を考慮すると

はなはだ不十分と考えられます。

 

 

理由1:把握できない収入がある

以下の社会保険関係の給付金は非課税所得なので、

課税証明書には記載されません。

・遺族年金や障害年金
・雇用保険の失業給付や雇用継続給付
・健康保険の傷病手当金や出産手当金

 

また、上場株式等の配当所得等がある場合、

所得税の源泉徴収および住民税の特別徴収が行われるため、

改めて申告しない限り、配当所得も記載されません。

 

詳しくは後述しますが、

社会保険の年収判定時の事業収入や不動産収入は、

税法上のそれとは微妙に異なるため、決算書類を

確認する必要があります。

 

 

理由2:半年以上前の所得しか確認できない。

課税証明書は、

1月から12月までの1年間の所得が記載されますが、

発行時期は、毎年翌年の6月頃になります。

 

たとえば、4月に被扶養者の申請をする場合、

取得可能な直近の課税証明書に記載されている所得は、

前々年の1月から12月までの1年間の所得になります。

 

前々年の所得情報のみで、

今後1年間に見込まれる収入を算定するのは、

いかがなものでしょうか。

 

 

理由3:所得税法上の控除対象扶養親族=年収要件OKではない

日本年金機構に被扶養者の届け出をする際、

事業主が、所得税法上の控除対象扶養親族であること

を確認した場合、収入の確認書類の添付を省略することが

できるとされています。

 

所得税法上の控除対象扶養親族の所得要件として、

「年間の合計所得金額が48万円以下であること。」

があります。

 

合計所得金額は、課税証明書に記載されており、

簡単に48万円以下か?を確認することができますが、

理由1および理由2を考慮すると、

合計所得金額48万円以下=今後の年収見込みが130万円未満

とは限らないと言えます。

 

日本年金機構は、「添付を省略できる」と言っているだけで、

所得税法上の控除対象扶養親族=社会保険の年収要件を満たす

とは言っていないことに注意が必要です。

 

 

結局のところ、課税証明書は、

・事業収入、非課税の収入、資産収入がまったくない。
・収入と言えば、給料と老齢年金くらい。
・去年も今年も来年も同様の給料収入が見込める

という場合を除き、

被扶養者の収入の全体像を確認できる資料程度に考え、

今後1年間に見込まれる収入額は他の資料も確認して

計算すべきと考えられます。

 

 

【給与収入の計算方法】

・直近の課税(非課税)証明書(以下、「課税証明書」)
・直近3ヶ月間の給与明細
・できれば、雇用契約書または労働条件通知書
を確認します。

 

直近3ヶ月間の給与額を年収に換算した金額が、

課税証明書の給与収入とほぼイコールであれば、

その金額が今後1年間に見込まれる給与収入と

考えてよいでしょう。

 

ただし、

・賞与の支払いがある。
・最近、転職した・人事異動があった。
・最近、昇給・降給した。
・最近、一時的な事情等により忙しかった結果、給料が増えた。
・最近、一時的な事情等によりヒマだった結果、給料が減った。

というような事情がある場合は、

雇用契約書または労働条件通知書等も確認して、

総合的に将来収入の見込みを判断する必要があります。

 

 

【事業収入の計算方法】

・直近の確定申告書
・直近の確定申告に添付した決算書
を確認します。

 

課税証明書に記載されている事業所得は、

事業収入から原材料費、減価償却費等の

必要経費を控除して残った金額が記載

されています。

 

社会保険の年収判定時に算入する事業収入は、

その経費がなければ事業が成り立たない必須経費

(製造業なら原材料費、小売業なら仕入れ費等)は

控除できますが、税法上では経費になる広告宣伝費や

租税公課や減価償却費等は控除できません。

 

課税証明書では、経費の詳細情報が把握できないため、

確定申告に添付されている決算書を確認しないと、

正しい事業収入は計算できないことになります。

 

また、

経営状況が大きく変化し、直近の決算書の内容と

異なる年収が見込まれる場合は、その旨の申立書を

作成し、添付する必要があります。

 

事業収入は、商売が上手く行っていない場合、

マイナスになることがありますが、面白いことに

他の収入と併せて(差し引いて)収入を計算してよい

ことになっています。

 

たとえば、被扶養者の給与収入が135万円の場合、

一見すると被扶養者になれないことになりますが、

副業の自営業の事業収入がマイナス100万円であれば、

差し引いた最終的な年収は35万円となるため、

被扶養者になれることになります。

 

 

【年金収入の計算方法】

・直近の年金裁定(改定)通知書
・直近の年金振込通知書
・企業年金や個人年金等も忘れずに
を確認します。

 

これらを確認すれば、課税証明書では把握できない

非課税の遺族年金や障害年金も把握することが可能

となります。

 

 

【雇用保険、健康保険の給付金】

・雇用保険の失業給付や雇用継続給付
・健康保険の傷病手当金や出産手当金

これらの支給決定通知書等を確認するしかありません。

 

 

【配当収入、不動産収入等の計算方法】

配当所得や不動産所得などの資産所得は、

事業収入と同様に

所得を得るために経費を要するものについては、

社会通念上明らかに当該所得を得るために必要

と認められる経費に限りその実額を総額から控除し、

当該控除後の額をもって収入とすることとされています。

 

 

法的に正しい被扶養者の年収の計算方法は、

上記の通りと考えますが、このとおり実務を行うのは

相当な労力を要すると考えられます・・・。

 

実務担当者としては、

本当は被扶養者になれるはずの人が

自分の確認不足が原因で、被扶養者と認定されない

ということがないように注意したいものです。



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