「業務上災害で療養中の従業員を解雇したい。」という場合、
通常は労働基準法第19条の規定により、
療養中およびその後30日間は解雇することができないため、
療養終了の30日後に解雇する旨を通知することになる。

解雇の理由が、
従業員の能力不足や事業縮小による整理解雇であれば
上記の対応でよいと思う。

しかし、
解雇の理由が、
100億円もの会社の金を横領、仲間の従業員を1人残らず恐喝・・・
といった即時解雇して然るべき事実が療養中に発覚した場合は、
いかがであろう?

重大な非違行為を行った従業員に対しても、
賃金の支払いを強要するような法規制はどう考えても不合理である。

このような場合、
どのように対処すべきか考えてみたい。

 

論点1:どのような理由があっても、解雇制限期間中は絶対解雇できないのか?

論点2:懲戒規程がない場合、どのような理由であっても、懲戒処分できないのか?

論点3:「解雇」ではなく、「労務の受領の拒否」という意思表示は可能か?

論点4:「労務の受領の拒否」という意思表示をした場合、賃金はどうなるか?

論点5:「労務の受領の拒否」という意思表示をした場合、社会保険はどうなるか?

まとめ



労働基準法
(解雇制限)
第十九条 使用者は、労働者が業務上負傷し、
又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間
並びに
産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間 及びその後三十日間は、
解雇してはならない。

ただし、
使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合
又は
天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合
においては、この限りでない。


厚生労働省労働基準局編(2011)「平成22年版労働基準法(上)」労務行政

P264
本条において労働者が解雇後の就業活動に困難を来すような場合に
一定の期間について解雇を一時制限し、
労働者が生活の脅威を被ることのないよう保護している。

P280
解雇制限期間中は、本条第1項ただし書の除外事由がない限り、
労働者の責に帰すべき事由がある場合でも、一般的に、解雇することは許されない。

※一般的にということは、例外があることになるが、具体的事例は示されていない。


安西愈著(2010)「採用から退職までの法律知識(十三訂)」中央経済社

P955
したがって、
この期間中に労働者の多額の横領が発覚したようなときであっても、
本人が退職届を出して退職するならばともかく、
この禁止期間が終了するまでは会社の方で辞めさせることはできないのであるが、
この点は不当とされている。





労働基準法は、
強行法規性を明文で宣言しており(第13条)、
労働契約に関しては憲法を除き他の法律に劣後することはないと考えられる。


労働基準法
(この法律違反の契約)
第十三条 この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、
その部分については無効とする。
この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。





労基法20条において、
「労働者の責に帰すべき事由」に基づいて解雇する場合は、
解雇予告は不要とされているが、
第19条には「労働者の責に帰すべき事由」について除外する規定は存在しない。

したがって、
労基法19条を厳格に適用するならば、
たとえ大金を横領したり、仲間を恐喝したりするような労働者であっても
解雇制限期間中の解雇は無効であり、絶対解雇できないと考えるべきである。





解雇できないのであれば、
せめて出勤停止などの懲戒処分を検討したいところであるが、
就業規則に懲戒に関する定めがなかった場合、
懲戒処分はできないのであろうか?

労働基準法では、
懲戒(≒制裁)について具体的な規制を行っておらず、
第89条において制裁の定めをする場合は就業規則に記載を要する
旨を定めているのみである。


労働基準法
(作成及び届出の義務)
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、
次に掲げる事項について就業規則を作成し、
行政官庁に届け出なければならない。
次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、
その種類及び程度に関する事項





労働契約法においても、
「懲戒することができる場合」でも懲戒権の濫用は無効という規定は存在するが、
「懲戒することができる場合」については記載がない。


労働契約法
(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、
当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、
客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、
その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。





結局、
判例等を考慮すると、実務上は下記のとおり、
就業規則に懲戒に関する定めがなかった場合、
法律上当然には懲戒処分はできないものと考えるべきである。


菅野和夫著(2012)「労働法(第10版)」弘文堂 

P489
懲戒処分は、
企業秩序違反者に対し使用者が労働契約上行いうる通常の手段
(普通解雇、配転、損害賠償請求、一時金・昇給・昇格の低査定など)
とは 別個の特別の制裁罰であって、
契約関係における特別の根拠を必要とすると考えられる。

すなわち、
使用者はこのような特別の制裁罰を実施したければ、
その事由と手段とを就業規則において明記し、
契約関係の規範として樹立することを要する。





「解雇」とは、
使用者側の意思表示による労働契約の解約である。

つまり、
労基法第19条は
「解雇制限期間中は、会社側からの労働契約の解約はできない。」
ということを規制しているに過ぎない。

法律行為としての「労働契約」と、
事実上の「使用関係」とが必ずしも一致するとは限らない。

ピアニストが両腕を複雑骨折し再起不能だとか、
従業員が駆け落ちして行方不明になってしまった場合など、
法律上の労働契約関係は存続しているものの、
事実上の使用関係は終了してしまっていることがある。

「今後における労務の受領の拒否」が、
「事実上の使用関係・雇用関係の解消」という意思表示であるとすれば、
使用者はこの意思表示をすることができれば、
少なくとも今後は危険な従業員から会社を守ることができる。


そもそも労働者に「働く権利」はあるのだろうか?


憲法第27条には、
「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」とされているが、
これは、
「国家」に国民が勤労の権利を行使できるよう義務を課したものでもあり、
「国家」は国民に勤労の機会を与えなければならない旨を定めているに過ぎず、
労働者が会社に対して働く権利を有することを規定しているわけではない。

下記の裁判例でも、
「一般的には労働者は就労請求権を有するものでない」とされている。


東京高裁 昭和31年(ラ)897  読売新聞社事件1958年8月2日

労働契約においては、
労働者は使用者の指揮命令に従つて一定の労務を提供する義務を負担し、
使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、
その最も基本的な法律関係であるから、
労働者の就労請求権について労働契約等に特別の定めがある場合
又は
業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて、
一般的には労働者は就労請求権を有するものでないと解するのを相当とする。





労基法その他の法律を確認しても、
解雇制限期間中に使用者が「労務の受領の拒否」という意思表示をしてはならない
という規定は見受けられない。

民法第90条(公序良俗)は強行規定であるが、
この意思表示の原因が、
重大な非違行為を行った従業員から会社を守る為だとすれば、
公序良俗に反するとは到底思えない。

使用者がこの社員について、
債務の本旨に基づいた信義則に従った誠実な労務の提供
を成し得る能力がないと判断したことに瑕疵はなく、
客観的に合理的な判断であると考えるべきである。

したがって、
特別な事情がない限り労働者は使用者に対し
「働く権利」を主張することはできず、
使用者が「今後における労務の受領の拒否」という意思表示をすれば、
「事実上の使用関係・雇用関係の解消」という結果が生じると考えるべきである。

この意思表示は、
解雇制限期間中にも有効に成し得ると考えられ、
労働者の重大な非違行為が発覚した場合などであれば
療養期間中であっても可能とすべきである。





使用者が労働者からの労務の受領を拒否した場合、
労働者は休業せざるを得ないが、
休業期間中の賃金はどうなるのか?

民法
(債務者の危険負担等)
第536条第2項
債権者の責めに帰すべき事由によって
債務を履行することができなくなったときは、
債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。


労働基準法
(休業手当)
第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、
使用者は、休業期間中当該労働者に、
その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。


最低賃金法
(最低賃金の効力)
第四条 使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、
その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。

2 最低賃金の適用を受ける労働者と使用者との間の労働契約で
最低賃金額に達しない賃金を定めるものは、
その部分については無効とする。
この場合において、無効となつた部分は、
最低賃金と同様の定をしたものとみなす。

4 第一項及び第二項の規定は、
労働者がその都合により
所定労働時間若しくは所定労働日の労働をしなかつた場合
又は
使用者が正当な理由により
労働者に所定労働時間若しくは所定労働日の労働をさせなかつた場合

において、
労働しなかつた時間又は日に対応する限度で
賃金を支払わないことを妨げるものではない。



上記によれば、

一般的に労働者の休業期間中の賃金は、

休業するに至った事由により、

@民法536条による100%の賃金請求権、

A労基法26条による60%以上の休業手当という賃金請求権

B賃金請求権なし(@およびAに該当しない場合)

のいずれかとなる。



表にまとめるなら、下表のとおり。

休業期間中
の賃金

休業するに至った事由

具体例

100%

使用者の故意・過失または信義則上これと同視すべきもの

・経営者の二日酔いによる休業
・経営者より将棋が強い労働者のみ休業
・うっかり発注ミスにより原材料欠乏

60%以上
(休業手当)

企業の経営者として不可抗力を主張し得ないすべての場合

・資金不足により原材料が買えず欠乏
・新品機械の不具合による設備不稼働

0%

不可抗力
労働者の故意・過失または信義則上これと同視すべきもの
正当な理由により、労働させなかった場合

・隕石が落下してきて工場倒壊
・全国的な天候不順による原材料欠乏
・ストライキ発生による他の労働者の休業
・労働者が故意に爆弾を仕掛け工場倒壊
・労働者の火の不始末により事務所全焼
・健診結果に基づく、合理的な休業指示
・多額の横領が発覚したことによる休業
・社内での恐喝が発覚したことによる休業




本事例のような場合は、
使用者が「労務の受領の拒否」という意思表示をせざるを得なかった理由は、
社会通念上「労働者の責に帰すべき事由」であると考えるのが合理的である。

とすれば、
大金を横領したり、仲間を恐喝したりするような従業員に対して休業を命じたとしても、
労働者に賃金請求権は発生せず、使用者に賃金支払い義務はないとすべきであり、
最低賃金法にも違反しない。





@健康保険および厚生年金保険、A雇用保険およびB労災保険の順に考察してみる。



【健康保険および厚生年金保険】

健康保険法
(資格喪失の時期)
第三十六条 被保険者は、
次の各号のいずれかに該当するに至った日の翌日
(その事実があった日に更に前条に該当するに至ったときは、その日)から、
被保険者の資格を喪失する。

二 その事業所に使用されなくなったとき。


厚生年金保険法
(資格喪失の時期)
第十四条 第九条又は第十条第一項の規定による被保険者は、
次の各号のいずれかに該当するに至つた日の翌日
(その事実があつた日に更に前条に該当するに至つたとき、
又は第五号に該当するに至つたときは、その日)に、
被保険者の資格を喪失する。

二 その事業所又は船舶に使用されなくなつたとき。




条文を読むと、
資格喪失する条件は、いずれも
「労働契約関係がなくなった(解消した)とき」ではなく、
「その事業所に使用されなくなったとき」である。


「健康保険法の解釈と運用(第11版)」(2003)法研

P300
●「使用されなくなったとき」とは、
被保険者が強制適用事業所または任意適用事業所に
使用されなくなった日を意味する。

●使用されなくなった日の意味も、
事実上使用関係が消滅した日ということである。
一時は、法律上も事実上も使用関係が存在しなくなった日と解されていたが、
これは改められている。

●「辞職の手続きを履行したと否とにかかわらず
現実に業務に使用せられざる状態におかれた日
(昭和2年2月5日 保理第366号)」
が使用されなくなった日であり、
また、
「使用されなくなった日と解雇辞令の発せられた日
又は残務整理若しくは事務引継の終了した日と必ずしも一致する必要はない。
(昭和2年2月25日 保理第983号)」


休業期間中に於ける健康保険及び厚生年金保険の取扱について
(昭和25年4月14日保発第20号)

1.被保険者資格は、
工場の休業にかかわらず事業主が休業手当を支給する期間中は、
被保険者資格を継続させること。

2.休業中の標準報酬は、
平常の給与を支給されるものは、その給与に基き、
休業手当のみ支給されるものについては、その者の休業手当の額に基いて、
これを定めること。

3.雇用契約は存続するけれども、事実上の使用関係がなく、
かつ、休業手当も支給されないものについては、
従前のとおり被保険者資格を喪失させること。




上記の通達等を考慮すると、
労働者の重大な非違行為が発覚した場合、
療養期間中でも有効に
「今後における労務の受領の拒否」という意思表示が可能とするならば、
この事業所と被保険者の事実上の使用関係が消滅した日とは、
「解雇日」ではなく
「今後における労務の受領の拒否という意思表示をした日」とすべきである。

また、
療養終了時に使用者が「今後における労務の受領の拒否」という意思表示をしたことにより
解雇制限期間満了まで労働者を休業させた(賃金の支払いなし)場合であれば、
使用関係が消滅した日は、
「今後における労務の受領の拒否という意思表示をした日=休業開始日」
と判断するのが妥当である。

したがって、
本事例における健康保険および厚生年金保険の資格喪失日は、
「今後における労務の受領の拒否という意思表示をした日」の翌日
とするのが合理的である。

 

【雇用保険】

雇用保険法
(定義)
第四条2 この法律において「離職」とは、
被保険者について、事業主との雇用関係が終了することをいう。


厚生労働省職業安定局雇用保険課
「雇用保険に関する業務取扱要領(平成30年5月1日以降)」厚生労働省ホームページより

2 0 6 0 1− 2 0 6 2 0 3 被保険者資格を喪失する日
2 0 6 0 1( 1) 概要
イ 被保険者は、離職した日の翌日又は死亡した日の翌日から被保険者資格を喪失する。


2 0 5 5 1− 2 0 6 0 0 2 被保険者資格を取得する日
2 0 5 5 1( 1) 概要
適用事業に雇用された者は、原則として、
その適用事業に雇用されるに至った日から、被保険者資格を取得する。

この場合、
「雇用されるに至った日」とは、雇用契約の成立の日を意味するものではなく、
雇用関係に入った最初の日
一般的には、被保険者資格の基礎となる当該雇用契約に基づき
労働を提供すべきこととされている最初の日) をいう。


なお、2 0 0 0 4 のロ( 雇用関係の意義) 参照。


20004(4)「労働者」及び「雇用関係」の意義
ロ 「雇用関係」の意義
法における雇用関係とは、
民法第623 条の規定による雇用関係のみでなく、
労働者が事業主の支配を受けて、その規律の下に労働を提供し、
その提供した労働の対償として
事業主から賃金、給料その他これらに準ずるものの支払を受けている関係
をいう。




上記を考慮すると、
本事例における雇用保険の被保険者資格を喪失する日とは、
事業主との雇用関係が終了した日
すなわち事実上の使用関係が消滅した日である
「今後における労務の受領の拒否という意思表示をした日」の翌日
とすべきである(健康保険および厚生年金保険の資格喪失日と同日)。

なお、
療養終了後の休業期間中は賃金が発生しないため、雇用保険料も発生しない。

 

【労災保険】

労災保険には「被保険者」という概念がないため、
資格喪失日の問題は発生しない。

使用者の「労務の受領の拒否」という意思表示により、
「労働」が存在しなくなるため、
業務上の事由または通勤が原因による保険事故は発生し得ない。

また、
雇用保険同様に休業期間中は賃金が発生しないため、
労災保険料も発生しない。

 




業務上災害で療養中の労働者に重大な非違行為が発覚した場合
(業務上災害と重大な非違行為には因果関係はない。)、

@それでも、解雇制限期間中の解雇は労基法19条によりできない。

A就業規則等に懲戒規程がない場合、悔しいけど懲戒処分もできない。

B労働者の非違行為により労使の信頼関係が損なわれたため、
使用者が「今後における労務の受領の拒否」という意思表示をし、
事実上の使用関係を消滅させることは可能であり、
タイミングは療養中、療養後を問わない。

C療養終了後の休業期間中の賃金は、
休業に至った事由が労働者の責に帰すべき重大な非違行為であることより、
民法536条および労基法26条は適用されず、
休業手当を含め賃金の支払いは発生しない。

D健康保険、厚生年金保険および雇用保険の被保険者資格喪失日は、
「事実上の使用関係が消滅した日」
=「今後における労務の受領の拒否という意思表示をした日」
の翌日であり、
「労働契約が解約した日」
=「解雇日」の翌日ではない。
資格喪失後の保険料負担は労災保険含め発生しない。






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