労働基準法およびその他の労働法令において、
「所定労働時間」の定義について解説している条文は見当たらない。

唯一、
最低賃金法に関する下記の通達に
「所定労働時間」を定義している箇所があるのみである。


最低賃金法の施行について
(昭和三四年九月一六日 発基第一一四号)

法第五条(則第二条及び第三条)関係
2 則第二条第二項第一号の所定労働時間とは、
労働基準法第三二条、第四〇条に基く同法施行規則第二六条から第二九条まで
又は同法第六〇条の規定によつて定められた制限時間の範囲内で、
労働協約、就業規則又は労働契約で労働すべき時間として定められた時間
をいうものであること。


労働基準法施行規則

第二十六条 使用者は、法別表第一第四号に掲げる事業において
列車、気動車又は電車に乗務する労働者で予備の勤務に就くものについては、
一箇月以内の一定の期間を平均し
一週間当たりの労働時間が四十時間を超えない限りにおいて、
法第三十二条の二第一項の規定にかかわらず、
一週間について四十時間、一日について八時間を超えて労働させることができる。


※現在の労働基準法施行規則では、
第27条、28条および29条は削除されており、存在しない。

第27条:物品販売等従事者の労働時間
第28条:郵便・電信・電話事業従事者の労働時間の特例
第29条:警察官等の労働時間の特例




労働基準法の条文に「所定労働時間」というキーワードが出現するのは合計4箇所であり、
第38条の2(事業場外のみなし)、第39条(年次有給休暇、2箇所)および第76条(休業補償)である。

「労働基準法コンメンタール(平成22年版)」P535に
第38条の2の「所定労働時間」について、以下の記述がある。


所定労働時間とは、
就業規則等において労働者が契約上労働すべき時間として定められた時間であり、
職種等によって差異がある場合には、当該労働者に適用される所定労働時間による。




また、
菅野和夫著「労働法(第10版)」P326に以下の記述がある。


企業の労働時間については、
就業規則において、各労働日における所定の労働時間が、
始業時刻から終業時刻までの時間と、
この間の休憩時間を特定することによって定められる。
つまり、
始業時刻から終業時刻までの時間
(使用者の拘束のもとにある時間という意味で「拘束時間」と呼ばれる)
から休憩時間を除いた時間が所定労働時間である。




世間一般的にも、
「コンメンタール」や「労働法」の解説のとおりの解釈がなされていると考える。
そこで問題としたいのが、
「所定労働時間の上限は法定労働時間なのか?」という疑問である。

労働基準法では、第32条において
1週40時間、1日8時間という労働時間の上限を設定しており、
これがいわゆる「法定労働時間」と呼ばれている。

ただし、
第36条所定の手続きを経ており、かつ第37条の割増賃金を支払えば、
合法的に「法定労働時間」を超える労働が可能となる。

ということは、

@36協定および割増賃金の支払いを前提条件としていれば、
あらかじめ法定労働時間を超える労働契約の締結が可能なのではないか?

A@が可能であれば、その法定労働時間を超える労働時間を
「所定労働時間」と呼ぶことが可能ではないか?

という疑問が発生する。

以下では、
この2点について客観的かつ論理的かつ合理的な検討を試みたい。

 

まず、労基法第38条の2について考えてみる。


労働基準法
第三十八条の二 
労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、
労働時間を算定し難いときは、 所定労働時間労働したものとみなす。
ただし、
当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、
当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、
当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。


A
 前項ただし書の場合において、当該業務に関し、
当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、
労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との
書面による協定があるときは、
その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。


B
 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、
前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。


改正労働基準法の施行について(昭和六三年一月一日 基発第一号、婦発第一号)
3 労働時間の算定

  1. 事業場外労働に関するみなし労働時間制

ハ 事業場外労働における労働時間の算定方法
(イ) 原則
労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、
労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなされ、
労働時間の一部について事業場内で業務に従事した場合には、
当該事業場内の労働時間を含めて、所定労働時間労働したものとみなされるものであること。


(
ロ) 当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合
当該業務を遂行するためには
通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には、
当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなされ、
労働時間の一部について事業場内で業務に従事した場合には、
当該事業場内の労働時間と事業場外で従事した業務の遂行に必要とされる時間とを
加えた時間労働したものとみなされるものであること。
なお、
当該業務の遂行に通常必要とされる時間とは、
通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要とされる時間であること。


(
ハ) 労使協定が締結された場合
(ロ)の当該業務の遂行に通常必要とされる時間については、
業務の実態が最もよくわかっている労使間で、
その実態を踏まえて協議した上で決めることが適当であるので、
労使協定で労働時間を定めた場合には、
当該時間を、当該業務の遂行に通常必要とされる時間とすることとしたものであること。


労働基準法施行規則
第二十四条の二 
法第三十八条の二第一項の規定は、
法第四章の労働時間に関する規定の適用に係る労働時間の算定について適用する。


B
 法第三十八条の二第三項の規定による届出は、
様式第十二号により、所轄労働基準監督署長にしなければならない。
ただし、同条第二項の協定で定める時間が
法第三十二条又は第四十条に規定する労働時間以下である場合には、
当該協定を届け出ることを要しない。




これらによれば、
「通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合」には、
労働契約においてあらかじめ法定労働時間を超えて労働すること
を想定していることは明らかである。

また、
明文ではないが、所定労働時間=労働者が労働契約上労働すべき時間であるなら、
通常法定労働時間を超えて労働することを要請されている労働者の所定労働時間は、
実態としての労働時間と考えることができそうである。



次に、労基法第38条について考えてみる。


(時間計算)
第三十八条 労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。


一事業場で八時間労働後他の事業場で働く場合の取扱い(昭和二三年一〇月一四日 基収二一一七号)

【問】

所定労働時間八時間で事業主Aに雇われている者が
経済上の事由により退社後B事業場にて雇われて労働に従事しようとする場合
事業主Bは該労働者を使用することができるか。
もしできるとするならば、
この場合様式第九号の「所定労働時間」の欄には
A事業主の許における労働時間を記入させることになるか。


【答】

事業主Aのもとで法第三十二条第二項所定の労働時間労働したものを、
B事業主が使用することは、法第三十三条又は法第三十六条第一項の規定に基き、
夫々時間外労働についての法定の手続きをとれば可能である。
又様式第九号の記入方法は見解の通りである。




基収2117号における労働者の通算した労働契約上労働すべき時間は、
法定労働時間の8時間を超えているのは明らかである。

また、
この通達を厳密に解釈すると、
この労働者(以下、Cさんとする。)が適法に労働するためには、
A社およびB社ともに36協定の手続きを取ることが必要であり、
36協定の「所定労働時間」の欄には「(A社における労働時間である)8時間」と記入せよ。
と読める。

B社の36協定の「所定労働時間」も
A社における労働時間
である8時間を記入することになり、
CさんのB社における「所定労働時間(仮に3時間とする。)」が1秒も含まれておらず、
通常B社で何時間働くのか?
36協定を見ただけではまったくわからないことになる。

Cさんが労働法の知識をあまり持たない人物であった場合、
労基法第15条に基づきB社から示された労働契約上の所定労働時間は3時間なのに、
36協定上の所定労働時間が8時間と一致していないため、
「B社はブラック企業だ!」という誤解を受けかねない…。

36協定の「記載心得」に以下の記述がある。


2「延長することができる時間」の欄の記入に当たっては、
次のとおりとすること。


(1)「1日」の欄には、
労働基準法第32条から第32条の5まで又は第40条の規定により
労働させることができる最長の労働時間を超えて延長することができる時間であって、
1日についての限度となる時間を記入すること。




この「記載心得」によれば、
「所定労働時間」の欄を4時間、「1日」の欄を6時間とした場合、
適法となる1日の労働時間の上限は、10時間ではなく、
あくまで法定労働時間+6時間=14時間となることは明らかである。
しかし、
基収2117号によれば、
「所定労働時間」の欄は、労働契約上労働すべき時間に係らず8時間までしか記載できない…。

結論として
労基法第38条でも、
労働契約においてあらかじめ法定労働時間を超えて労働することを許容している
ことは明らかである。

しかし、
根拠は不明であるが「所定労働時間の上限は8時間」であると考えているようである。

36協定の「所定労働時間」の欄は実質的に意味がないだけでなく、
労働者の誤解を招き労使紛争の火種になりかねず、「害悪」であるといえる。

上記Cさんの場合、
36協定の「所定労働時間」の欄を11時間(A社の8時間+B社の3時間)、
「1日」の欄を6時間とすれば、
「2社の所定労働時間は合計11時間で、残業時間は3時間まで」と読み取れる。

さらに、
A社の36協定の「所定労働時間」の欄を8時間、「1日」の欄を6時間
B社の36協定の「所定労働時間」の欄を3時間、「1日」の欄を6時間
とすれば、
Cさんは「A社は所定8時間、B社は所定3時間、2社合計での残業時間は3時間まで。」
という事実を読み取ることが可能であり、わかりやすい。

 

次に、いわゆる「固定残業代」について考えてみる。

「固定残業代」の支払いそのものを否定する法理は見当たらず、
導入している企業も珍しくない。

実態として、
「固定残業代」があるということは、
法定労働時間を超えた労働を想定しているということである。

「固定残業代」とは、
一般的に「所定労働時間外の労働が見込まれる場合に
あらかじめ定額で支払われる一定時間分の残業代」である。

たとえば、
1週間の業務量がおおよそ50時間である職種で所定労働時間が週40時間であるとき、
10時間分の所定労働時間外の労働に対して「固定残業代」を支払うのである。

「固定残業代」を承諾した労働者には、
一定時間の所定労働時間外の労働をする義務が発生する
(お金は貰うけど仕事はしないかもしれないではドロボーである。)。

つまり、
「固定残業代」が適法ということは、
「労働契約においてあらかじめ法定労働時間を超えて労働することを約することは違法ではない。」
ことと同義である。

とすれば、
上記例の労働者の「労働契約上労働すべき時間≒所定労働時間」は、
もはや40時間ではなく、
10時間分の所定労働時間外の労働時間を含めた50時間と考えるべきである。

ここで
労基法第37条の割増賃金計算における
「所定労働時間」に「法定労働時間外の労働時間」が含まれていた場合に
循環参照が発生しないか検証しておく必要がある。

なぜなら、
循環参照が生じるということは、論理的に破たんしていることになるからである。

※循環参照とは、
A=A+1=(A+1)+1={(A+1)+1}+1=…
という論理的(数学的)に矛盾している数式のこと…だと理解してください!


(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条 
使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、
又は休日に労働させた場合においては、
その時間又はその日の労働については、
通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内で
それぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。


労働基準法施行規則
第十九条
日によって定められた賃金については、その金額を一日の所定労働時間数
(日によって所定労働時間が異なる場合には、一週間における一日平均所定労働時間数)
で除した金額




いわゆる「1.25」のうち「0.25」が
労基法第37条により支払いが規定されている「割増賃金」であり、
「1.0」は所定労働時間外の労働をした場合、
労働契約上当然に支払われるべき賃金である。

【具体例】1日の実質的な労働時間が10時間必要な業務を想定

@所定労働時間:6時間 日給:6千円の場合
通常の労働時間の賃金の計算額6千円÷6時間=1千円
所定外労働時間分の賃金=4時間×1千円=4千円
37条割増賃金=2時間×1千円×0.25=500円
合計額=6千円+4千円+500円=10,500円


A所定労働時間:10時間 日給:10千円の場合
通常の労働時間の賃金の計算額10千円÷10時間=1千円
所定外労働時間分の賃金=0時間×1千円=0円
37条割増賃金=2時間×1千円×0.25=500円
合計額=10千円+0円+500円=10,500円

以上のように、
法定労働時間外労働の割増賃金計算における
「所定労働時間」に「法定労働時間外の労働時間」が含まれていても、
循環参照になることはなく、実質的に同じ結果となり矛盾は生じない。

したがって、
「固定残業代」が適法ということは、
あらかじめ法定労働時間を超えて働くという労働契約を締結することは可能であり、
割増賃金を計算する際にも矛盾は生じないということになる。

 

これまでをまとめると、

●所定労働時間とは、「労働契約上、労働者が労務に服すべき時間」であること。

●所定労働時間の上限は法定労働時間である趣旨の法的根拠はないこと。

●労基法第38条および第38条の2では、
労働契約において法定労働時間を超えて労働することを労基法があらかじめ想定している
ことは明らかであること。

●「固定残業代」が適法ということは、
「あらかじめ法定労働時間を超えて働くという労働契約を締結することは適法。」
ということと同義であること。

●法定労働時間外労働の割増賃金計算における
「所定労働時間」に「法定労働時間外の労働時間」が含まれていても問題なく算出することができ、
矛盾は生じないこと。

●労働者の心情として、
残業が常態であるならいっそのこと残業時間を含めた所定労働時間を明示
してくれた方がむしろわかりやすいと思われること。

以上より、
労基法のタテマエとして、労働者保護の観点から
「所定労働時間は1週40時間、1日8時間まで!」と言いたいことを考慮したいところだが、
労働者のホンネも考慮すれば、

所定労働時間の上限は法定労働時間とすべきではなく、
第36条の延長時間を含めた労働時間を上限とすべきである。






以下、
令和元年7月31日に追記。

ここで、
労働基準法第36条を参照してみる。



労働基準法
(時間外及び休日の労働)
第三十六条 
使用者は、当該事業場に、
過半数労働組合、または労働者の過半数代表者との書面による協定をし、
厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、
第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間
(以下この条において「労働時間」という。)
又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、
その協定で定めるところによつて
労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。

※一部意訳



「労働時間を延長し労働させる」の意味は、
「所定労働時間+αの延長した労働時間の合計が
法定労働時間を超えることができる。」という解釈が可能であり、
法定労働時間を超える所定労働時間の場合、
労働時間を「延長」していないので、違和感がある。



また、
労働基準法第13条を参照してみる。



労働基準法
(この法律違反の契約)
第十三条
この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、
その部分については無効とする。

この場合において、無効となつた部分は、
この法律で定める基準による。




いわゆる36協定は、
有効な36協定を監督機関(≒所轄労働基準監督署)に届け出ると、
法定労働時間を超えて労働させても罰則に問わない
という免罰的効果を持つだけである。


たとえば、
所定労働時間を10時間とする
労働契約を結んだ場合を考えてみる。

この労働契約は、
労働基準法第32条で定める「1日の労働時間は8時間まで。」
という基準に達しない労働条件を定める労働契約であることは明らか。

したがって、
その部分=「所定労働時間は10時間」は
無効とされるべきである。

※労働契約そのものは無効とはならない。

無効となった部分は、
労働基準法で定める基準によって修正されるため、
結局、
所定労働8時間+所定外労働2時間
という労働契約を結んだこととなるべきである。



以上より、
「所定労働時間の上限は法定労働時間なのか?」
と言う問いに対するカラカマの回答は、
「所定労働時間の上限は法定労働時間である。」
ということになる。

この解釈は、
法定労働時間を超える労働時間のみなしが行われた場合も
同様である。



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