【事例】

建設会社のA社では、現場社員の資格取得を推奨するため、

取得費用の一部を助成する制度がありました。

 

就業規則には、「現場社員が下記の資格を取得する場合、

会社は取得費用の最大30%を助成する。」としか

書いてありませんでした。

 

総務部に新たに配属されたBさんは、この就業規則を見て、

「原則として費用支出前に申請し会社の承認を受けるものとし、

事後の申請はやむを得ない理由がある場合を除き認めない。」

の文言を追加すべきと考え、現場社員代表の意見を聞いたうえで、

就業規則を変更しました。

 

就業規則は社員全員に周知することが大切だと考えた

Bさんは、事務所に来ない現場社員でも自分のスマホ

を使えば24時間いつでも就業規則が閲覧できるように

自社のホームページに社員専用のページを設けました。

 

周知と同時に労働基準監督署に就業規則の変更届も

提出したのですが、この際にBさんはウッカリミスを

してしまい、変更前の就業規則を添付してしまいました。

 

誰もこのミスに気が付かずに1年が経過・・・。

 

この度、資格を新たに取得をしようと思ったCさんは、

同僚Dさんの「俺は資格取得後に申請したよ〜。」

という話を信じ、自分のスマホで就業規則を確認せず、

資格取得後に総務部に申請しました。

 

総務部のBさんは、「就業規則に書いてある通り、

やむを得ない理由がないので事後の申請はNG!」

と回答しようと手元にあった監督署に届け出た

控えの就業規則を見たところ、変更前の内容である

ことに初めて気が付きました!

 

【問題】
民事上、A社はCさんの事後申請を認めるべきか?

 

今回は、この事例について考えてみたいと思います。

 

 

【労働基準法上の就業規則のルール】

労働基準法には就業規則について以下のルールが

書かれており、これを守らないと労働基準監督官に

叱られる可能性があります。

・社員10人以上なら、就業規則を作成し、届け出ろ(89条)!
・就業規則を作成・変更する際は、社員代表の意見を聞け(90条)!
・法違反の就業規則は、変更を命じるから従うんだぞ(92条)!
・就業規則は、国が決めた方法で社員に周知しろ(106条)!

これらを守らないと、30万円以下の罰金とされています。

 

 

【監督官に叱られないか?事例を検証してみる】

会社は、

変更後の就業規則を労働基準監督署に届出なければ

なりませんが、Bさんのウッカリミスにより、

変更前の就業規則を届け出ているので、89条違反

となります。

 

次に、

現場社員代表の意見は聞いていますが、全社員代表

の意見は聞いていないので、90条違反となります。

 

次に、

周知方法ですが、労働基準法では、下記のうちから

選択するようになっています。

 

A:各作業場の見やすい場所へ掲示・備え付ける。
B:印刷して、各社員に渡す(交付)する。
C:電子データに記録する+閲覧機器を設置する。

 

事例の場合、一見するとCに適合しそうですが、

・現場事務所に誰でも使用できるPC等を設置する
・現場社員全員にスマホやPC等を貸与する

等の対応をしていないと、106条違反と指摘されても

文句は言えないでしょう。

 

 

【社員との関係上、就業規則が有効となる条件】

上記の労働基準法のルールを守っていない就業規則

は、社員との関係上有効なのでしょうか?

 

裁判結果や労働契約法によれば、就業規則が民事的

に有効となる要件は、以下とされています。

・契約締結時:合理的な内容であること(個別合意不要)。

・内容変更時:以下のいずれかであること。
A:社員に有利益な変更であること(個別合意不要)。
B:社員に不利益な変更の場合、個別に合意を得るか、
または変更に係る事情に照らして合理的であること。
+社員が内容を実質的に知りうる状況にあること。

 

すなわち、

・社員代表の意見も聞かずに作成・変更し、
・労働基準監督署に届け出ておらず、
・国が決めた方法以外の方法で周知している

という労働基準法を違反しまくりの就業規則でも、

内容・変更が合理的+実質的な周知がなされていれば、

その就業規則は民事上有効と考えられます。

 

 

【民事的視点で事例を検証してみる】

事例は、個別合意のない就業規則の変更なので、

有利益な変更かあるいは合理的な不利益変更

である必要があります。

 

現実の実務対応を明文化しただけならば、手続き方法

が明確になるので、有利益な変更になりそうです。

 

今までは事後の申請でもよかった場合は、不利益変更

になりますが、

不利益の程度:事前申請になっただけなので、軽微。
変更の必要性:手続き方法はなるべく明確であるべき。
内容の相当性:公序良俗に反しているとは思えない。
交渉の状況:対象者である現場社員代表の意見を聞いている。

という事情を総合的に考慮すると、

合理的な不利益変更になりそうです。

 

次に、

Cさんに対して実質的に周知がなされているか?ですが、

・Cさんは自前のスマホを所有している。
・ホームページに就業規則が掲載されていることを
1年前に知らされていた。

のであれば、

Cさんが就業規則を確認したかどうかに関係なく、

実質的に周知がなされていたと考えられます。

 

【答え】

Cさんの労働条件は、変更後の就業規則によると

考えられ、Cさんの事後申請にはやむを得ない理由

があったとは考えられないので、A社はCさんの申請

を認める民事上の義務はないという結論になります。

 

 

今回のテーマを考慮すると、

労働基準監督署は、会社が届け出た就業規則を開示

するように労働者から要求された場合、民事に介入

しかねないので開示しないと考えられます。



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