「遠くの親戚より近くの他人」と言いますが、

是非の議論は置いといて、客観的事実として、

・夫婦別姓を希望し、内縁関係を選択。

・生物学上では同性のパートナーと同居。

・シェアハウスで赤の他人と共同生活。

等のように戸籍法上の親族関係にない者との同居

を選択する人が増えてきている・選択できる時代に

なってきているなとニュースなどを見ていると感じます。

 

会社は社員の私生活に基本的に干渉すべきでなく、

必要最低限度に留めるべきというのが、現代日本社会

の風潮なので、家族構成も住民票による書類確認のみ

が一般的であり、実際に家庭訪問をして、実態を目視

で確認することは通常しません。

住民票は、住民基本台帳法が根拠法令なのですが、

住民票には同居人が記載されないため、それぞれの者

が世帯主として届け出をすれば、住民票からは上記の

同居人がいることを確認することができません。

 

社員が大怪我や大病をすることなく、無事であれば

それでもよいのでしょうが、社員が亡くなってしまった

場合は、知らんぷりするわけには行かないでしょう。

社員のお給料によって生活をしていた同居人がおり、

社員が亡くなったことによって、その同居人が路頭

に迷ってしまうような場合、たとえそれが親族でなく

とも、できるだけのことはして差し上げるのが、

社員に対する最後の義務として、企業経営者が取る

べき行動なのではないでしょうか。

 

ここでは、

経営者は残された同居人になにをしてあげられるのか?

について考えてみたいと思います。

なお以下では、

上記の戸籍法上の親族でない同居人を「法的他人」

と呼ぶことにします。

・基礎知識:相続財産と相続財産でないモノの違い

・遺言すれば法的他人に財産を残すことが可能

・社会保険の給付金は一定の遺族に支給される

・生命保険の保険金受取人は、内縁でもなれる場合も

・死亡退職金の受給権者は、会社が独自に決めることができる

・検証:経営者が残された同居人にしてやれることは?

 

 

【基礎知識:相続財産と相続財産でないモノの違い】

現金、預金、借金、土地および建物など亡くなった

社員が所有していた財産は、「相続財産」として

遺産相続人が受け取ることになります。

ですが、

死亡退職金は、「社員の死亡による退職」という

事実の発生により支給が確定するもの、すなわち

社員が死亡した後に発生する権利であることから、

死亡退職金は相続財産ではないことになります。

民間生命保険の死亡保険金や公的社会保険の遺族年金

等も死亡したことによって初めて発生する権利なので、

相続財産ではありません。

相続財産が借金などのマイナスの財産の場合、相続を

放棄することがありますが、相続放棄したとしても、

相続財産でないモノは、受け取ることができます。

 

 

【遺言すれば法的他人に財産を残すことが可能】

相続財産は、一般的には民法の定めにより、

法定相続人が「相続」することになります。

法定相続人は、戸籍法上の配偶者と下記の血族に限定

されており、法的他人は当然のごとく法定相続人には

なり得ません。

第1順位:子またはその代襲相続人(孫、ひ孫など)
第2順位:父母その他の直系尊属
第3順位:兄弟姉妹またはその代襲相続人(甥、姪)

遺言によって、財産を譲り渡すことを「遺贈(いぞう)」

と言い、遺贈であれば法的他人に財産を残すことが可能

ですが、民法と税法の相続に関するルール

・遺贈には、包括遺贈と特定遺贈があり、包括遺贈
の場合、遺産分割協議に加わる必要がある。

・遺留分(相続人に最低限認められている相続財産
に対する権利)を考慮する必要がある。

・遺贈の場合、相続税の非課税枠は適用されず、
受け取った財産の全額が相続税の課税対象となる。

などを熟慮したうえで遺贈する必要があります。

 

 

【社会保険の給付金は一定の遺族に支給される】

社員が死亡した場合、公的社会保険から、

・埋葬料等の「お葬式の費用」

・遺族年金等の「遺族の生活費」

・未支給年金等の「故人に支払いそびれた給付金」

等の給付金を受給できることがあります。

「お葬式の費用」は、「葬祭・埋葬を行う者」に

対して支給されるので、親族や遺族である必要はなく、

法的他人や勤めていた会社がお葬式を行う場合は、

その者に支給されます。

一方、

「遺族の生活費」や「故人に支払いそびれた給付金」

は、各法律にそれぞれ定められている「一定の遺族」

に支給され、民法の法定相続人とは全く異なります。

生計維持関係を要したり、生計同一関係を要したりなど、

各法律で微妙に条件が異なるのですが、原則的には下記

の者のうち順番の最も早い者に支給されます。

第1順位:配偶者
第2順位:子
第3順位:父母
第4順位:孫
第5順位:祖父母
第6順位:兄弟姉妹

「配偶者」とは、「戸籍法による届け出をした婚姻

関係にある者」と定義できますが、「婚姻」は、

男女間に限られるため、現行の戸籍法において、

同姓の配偶者はあり得ません。

ただし、社会保険法では、

事実婚関係にある内縁の配偶者は配偶者に含まれる

のですが、戸籍上の配偶者が存在する場合(重婚的

内縁関係)は、婚姻関係がその実体を全く失ったもの

となっていない限り、戸籍上の婚姻関係が優先され、

内縁の配偶者は対象外となります。

したがって、

法的他人が受給できる社会保険の給付金は、

重婚的内縁関係でない内縁の配偶者を除けば、

「お葬式の費用」くらいしかないということに

なります・・・。

なお、「お葬式の費用」と「遺族の生活費」は、

相続税も所得税もともに非課税なので安心ですが、

「故人に支払いそびれた給付金」は、

相続税は非課税ですが、一時所得として所得税の対象

にはなるので注意が必要です。

 

 

【生命保険の保険金受取人は、内縁でもなれる場合も】

民間生命保険の死亡保険金の受取人は、原則として、

配偶者または2親等内の血族に限定されています。


ですが、

保険会社によっては一定の条件を満たせば、以下の者も

死亡保険金の受取人になることができる場合があります。

・2親等内の血族以外の親族
・婚約者
・内縁関係の配偶者
・同性のパートナー


ここで注意しなければならないのが、死亡保険金は、

相続財産ではありませんが「みなし相続財産」として

相続税の課税対象になる場合があるということ。


しかも、受取人が相続人であれば、保険金額が非課税

枠の範囲内の場合は、相続税が課税されないのに対し、

相続を放棄した者や遺贈により相続人以外の者が受取人

の場合は、非課税枠は適用されず、受け取った保険金

の全額が相続税の課税対象となってしまいます。


したがって、

法的他人を死亡保険金の受取人にする場合は、必ず

相続税を考慮しておく必要があることになります。


※契約者と被保険者が異なる場合は、贈与税の対象

となる場合もあります。





【死亡退職金の受給権者は、会社が独自に決めることができる】

死亡退職金は、

就業規則等の労働契約内容に別段の定めがない場合、

民法の一般原則による遺産相続人に支払う趣旨と解釈

されますが、受給権者を明確に規定してある場合は、

その者に支払うことができます。


実際に、

中小企業が加入する「中小企業退職金共済」では、

法定相続人のルールと関係なく、受給権者は第14条

により、以下の順番とする旨が規定されています。


第1順位:配偶者(内縁関係を含む。)
第2順位:生計維持関係にあった子、父母、孫、祖父母および兄弟姉妹
第3順位:生計維持関係にあった上記以外の親族
第4順位:生計維持関係になかった子、父母、孫、祖父母および兄弟姉妹


企業が自社独自の退職金制度を持っており、退職金

規程等に受給権者を明示する場合は、労働基準法

施行規則第42条および第43条、すなわち遺族補償の

受給権者のルールを準用することが多いようです。


死亡退職金は相続財産ではありませんが、「みなし

相続財産」として相続税の課税対象になる場合がある

ということは、死亡保険金と同様です。





検証:経営者が残された同居人にしてやれることは?】

以上を踏まえた上で、社員が亡くなった場合に、

会社が社員と人生を共にしてきた法的他人に対して

してあげられることはあるのでしょうか?


1項目ずつ検証してみましょう。



1.財産を遺贈するよう生前にアドバイスする?

社員がまとまった財産を持っており、遺贈される側の

同居人も遺贈を希望する場合はアリかもしれません。


相続の専門家のサポートを受けて、法的にぬかり

のない遺言書を作成するべきでしょう。


ただし、

法的には問題なくとも、相続人と心情的に揉める

恐れはありますが・・・。



2.公的社会保険の給付金に期待する?

内縁の配偶者であれば、戸籍上の配偶者が存在

しなければ、会社が内縁関係を積極的に証明して

あげれば、遺族年金を受給できるかもしれまん。


内縁の配偶者以外の法的他人が、受け取れる社会保険

の給付金はお葬式代くらいなもので、金額は業務上

災害によって亡くなったのでなければ、5万円程度

しか支給されないので、まとまった生活費を得ること

は難しいと言えます。



3.生命保険を掛けるようアドバイスする?

公的社会保険では、一定の遺族しか給付金を受給

することができず、例外規定はありませんが、

民間生命保険では、親族以外の者も受取人にできる

場合があるので、試してみる価値はあるでしょう。


ですが、審査は結構厳しいらしいので、懇意にして

いる生命保険代理店があれば、紹介してあげると

よいかもしれません。


最近では新たに「生命保険信託」という保険商品が

登場したそうですが、それほど普及はしておらず、

ごく一部の生命保険会社と信託会社が取り扱っている

程度のようです。



4.死亡退職金の規定を整備する?

中小企業退職金共済に加入している場合は、不可能

ですが、自社独自の退職金制度がある場合は、その

規定内容を再検討してもよいでしょう。


原則は、遺族補償の受給権者と同様としておき、

社員が希望する場合は、生前に会社と社員が協議

し合意したときは、それ以外の法的他人にも支払う

ことができる旨を規定しておけば、万が一の場合にも

柔軟に対応できるのではないでしょうか?


社員が亡くなった後に初めて同居人の存在を知った

場合でも対応ができるように、会社が社員の生活実態

を認定して、会社が支払うべきと考える者に支払う

という規定も理論上アリですが、社員本人の意思が

反映されておらず、遺族や相続人とトラブル可能性が

考えられるため、おススメしません。





以上、検証してみた結果、

生前ならば対処できる手段は、いくつかありそうですが、

亡くなった後に事後対応するのは難しそうです。


同居人の存在に会社が気が付いていなかった場合、

会社がしてあげられることはほとんどなさそう・・・。



社員の私生活まで感知すべきでない・してられない、

当人の自己責任だという考えも当然あるでしょうし、

否定する気もありません。


ですが、経営者として、頑張ってくれた社員に対して

は、なるべく報いてあげたいと考えるのであれば、

社員に情報提供をし、自分で考える機会を与えて、

もし相談があったら対応できるように準備しておく

ことはできるのではないでしょうか?




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