以下の論点について、
副業・兼業者の「通勤」を考えてみる。

論点1:「通勤時間」は、「休憩時間」に含めてよいのか?

論点2:「通勤手当」は、どのようなルールで支払うべきか?

論点3:「通勤災害」は、どのように適用されるのか?







結論から言えば、含めるべきではない。

もし、
「副業・兼業者の通勤時間は、休憩時間に含めてよい。」としてしまうと、
「副業・兼業者でない労働者の通勤時間も休憩時間に含めてよい。」としなければ
バランスが取れない。

そうすると、
片道30分以上の通勤時間がかかる労働者には、
休憩時間を与えなくてよいことになり、
日本の労働慣行が根底から覆されることになる。

したがって、
通勤時間は休憩時間に含めるべきではない。
と言える。



・・・しかし、
これだけのロジックだけではオタクとは言えないので、
法的に思考してみる。

労働基準法には、
「通勤」についての定義は存在しなく、
第37条において、

割増賃金の基礎となる賃金には、
家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない


という記述があるのみである。



労災保険法では、
通勤災害も保険対象としていることから、
「通勤」についてもしっかり定義されている。


労働者災害補償保険法
第七条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
二 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付

A 前項第二号の通勤とは、
労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、
合理的な経路及び方法により行うことをいい、
業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動
(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)


労働者災害補償保険法施行規則
(法第七条第二項第二号の厚生労働省令で定める就業の場所)
第六条 法第七条第二項第二号の厚生労働省令で定める就業の場所は、次のとおりとする。

一 法第三条第一項の適用事業及び
整備法(
※失業保険法及び労働者災害補償保険法の一部を改正する法律及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律)
第五条第一項の規定により労災保険に係る保険関係が成立している
同項の労災保険暫定任意適用事業に係る就業の場所

二 法第三十四条第一項第一号、第三十五条第一項第三号
又は第三十六条第一項第一号の規定により労働者とみなされる者
(第四十六条の二十二の二に規定する者を除く。)に係る就業の場所

三 その他前二号に類する就業の場所


国家公務員を規制する人事院規則にも「通勤」の定義がある。


人事院規則9-24(通勤手当)第2条第1項

「通勤」とは、職員が勤務のため、
その者の住居と勤務官署
(官署に支所、分室その他これらに類するものが設置されているときは、
それらに勤務する職員については、それらをもつて勤務官署とする。)
との間を往復することをいう。


ただし、国家公務員は
原則として副業・兼業が禁止されているため、
住居と勤務官署間の往復のみを想定していると考えられる。



国家公務員法
(私企業からの隔離)
第百三条  職員は、商業、工業又は金融業その他営利を目的とする私企業
(以下営利企業という。)を営むことを目的とする会社その他の団体の
役員、顧問若しくは評議員の職を兼ね、又は自ら営利企業を営んではならない。

(他の事業又は事務の関与制限)
第百四条  職員が報酬を得て、
営利企業以外の事業の団体の役員、顧問若しくは評議員の職を兼ね、
その他いかなる事業に従事し、若しくは事務を行うにも、
内閣総理大臣及びその職員の所轄庁の長の許可を要する。

「労働時間・休日・休暇の法律実務(全訂七版)」
(安西著 株式会社中央経済社 2010年7月20日発行)
P29に以下の記述がある。


通勤時間とは、
労働者が労働契約に基づいて使用者に提供することを約諾した労働力を
使用者の支配下にまで持参する時間である。

法律的にみれば、
債務者である労働者が債権者である使用者に
労働契約上の債務である労働力の給付を履行するための行為である。

民法484条によれば、弁済は原則として
「債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。」とあるように、
いわゆる持参債務とされている。

したがって、
労働者が会社に出勤する時間は、
この債務の弁済のための持参時間ということになり、
これは債務者である労働者の負担に属する時間になるから、
その時間をもって使用者に対して労務を提供している時間とみることはできないからである。

一方、
労基法上の使用従属関係の実態という観点からみても、
通勤時間は、労働者の住居から自己の業務の場所までの往復行為であり、
使用者の拘束下に入る前の労働者の自由時間であり、
労働者はどこに住居をかまえようが、そこから会社までいかなる通勤方法をとろうとも、
その間にどのような行為をしようとも自由であり、
ただ始業時刻までに会社に出勤しさえすればよいわけであるから、
使用者の指揮監督に服している時間とはいえない。

民法
(弁済の場所)
第四百八十四条  弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、
特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、
その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。

一方、
「休憩時間」については、
労基法にどストライクの記述がある。


(休憩)
第三十四条  使用者は、
労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、
八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を
労働時間の途中に与えなければならない。

A 前項の休憩時間は、一斉に与えなければならない。
ただし、
当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、
労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者
との書面による協定があるときは、この限りでない。

B 使用者は、第一項の休憩時間を自由に利用させなければならない。

労働基準法の施行に関する件(昭和二二年九月一三日 発基第一七号)

法第三四条関係
(一) 休憩時間とは単に作業に従事しない手持時間を含まず
労働者が権利として労働から離れることを保障されて居る時間の意であつて、
その他の拘束時間は労働時間として取り扱うこと。

(二) 第二項の許可は概ね次の基準によつて取り扱うこと。
(1) 交替制によつて労働させる場合は許可すること。
(2) 汽罐士その他危害防止上必要なものについては許可すること。
(3) 同一事業場内でも作業場を異にする場合で業務の運営上必要なものは許可すること。

(三) 休憩時間の利用について事業場の規律保持上必要な制限を加へることは
休憩の目的を害さない限り差し支へないこと。

※立法当初から平成10年の法改正まで、一斉休憩の適用除外は、
労使協定ではなく労働基準監督署長の許可が必要だった。


「労働基準法上(平成22年版)」
(厚生労働省労働基準局編 株式会社労務行政 平成23年2月1日発行)
P456に以下の記述がある。


本条(34条)は、
ある程度労働時間が継続した場合に蓄積される労働者の心身の疲労を回復させるため、
労働時間の途中に休憩時間を与えるべきことを規定したものである。


これらから読み取れることを列挙すると、

●「通勤」とは、
住居と就業の場所との間の往復だけでなく、
就業の場所から他の就業の場所への移動も含む。

●「通勤」は、
労働力を提供するための準備行為であり、
それに要する時間は労働者が負担すべき時間である。

●「通勤時間」に何をするかは、労働者の自由であり、
使用者の指揮命令下にない。

●「休憩時間」を与えることは、
労基法により使用者に課せられた義務である。

●「休憩時間」は、
労働から解放されているだけでは足りず、
労働者の心身の疲労を回復させるための時間である必要がある。

●「休憩時間」は自由に利用させなければならないが、
規律保持上必要な制限を加えることは可能である。



ということは、
以下の結論が導き出される。

●住居と就業の場所との間の往復である「通勤」と、
就業の場所から他の就業の場所への移動である「通勤」も、
「通勤」という行為自体に本質的な違いはなく、
「副業・兼業者に限り、通勤時間を休憩時間としてよい。」とするのは非論理的。

●使用者の指揮命令下にない「通勤時間」に、
使用者の意志で「休憩時間」を与え得ない。

●「休憩時間」 は心身の疲労の回復を目的としているが、
車両の運転や満員電車への乗車による通勤は疲労が蓄積するものと考えられるため、
休憩時間の本来の目的を達成できない。


以上より、

「通勤時間」は「休憩時間」にはなり得ない。

という結論に達する。







明文による「通勤手当」の支払い義務規程は、
人事院規則9−24(通勤手当)による国家公務員への支給があるくらいで
労基法だけでなくその他の法律においてもない。

通勤時間は、論点1にあるように
労働者が負担すべき時間であるので、
当然
通勤に要する費用も労働者が負担することになる。

しかし、
日本の労働慣行では、
「通勤手に要する費用は、会社が負担するのが当たり前。」とされており、
「通勤手当を支給しない会社はケチ!」という風潮がある。

なお、
労働契約後に会社の住所を変更したことにより、
通勤費用が増加してしまう場合は、
民法第485条により、
その増加額は会社が負担すべきである。


民法
(弁済の費用)
第四百八十五条 弁済の費用について別段の意思表示がないときは、
その費用は、債務者の負担とする。
ただし、
債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、
その増加額は、債権者の負担とする。

労働諸法令における通勤手当の取り扱いを
確認しておく。


【労働j基準法】
通勤手当は「労働そのもの」の対償ではないため、
労基法第37条の割増賃金を支給する際に用いられる、
「通常の労働時間の賃金の計算額」の算定基礎に含まれない。

ただし、


労働基準法の施行に関する件(昭和二二年九月一三日 発基第一七号)

法第三七条関係
(一) 家族手当、通勤手当及び規則第二一条に掲げる別居手当、子女教育手当は
名称にかかわらず実質によつて取り扱うこと。

「労働基準法解釈総覧(改訂15版)」
(厚生労働省労働基準局編 労働調査会 平成26年7月30日発行)P406より、


【問】
一事業場において、実際距離に応じて通勤手当が支給されるが、
最低三百円は距離に拘わらず支給されるような場合においては
実際距離によらない三百円は基礎に参入するものと解する。

但しこの際事業場が
給与の均衡上除外された通勤手当の一部を算入することは
妨げないものと解するが如何。


【答】
本文については見解の通りである。
但書については家族手当、通勤手当等、割増賃金の基礎より除外し得るもの
を算入することは使用者の自由である。

昭和23年2月20日 基収1991号

このように、
実費によらないで支給される定額部分がある場合は、
「通常の労働時間の賃金の計算額」の算定基礎に含めなければならない。

また、
通勤手当は、
第12条(平均賃金の定義)に規定されている「賃金の総額」に含まれる。



【労働者災害補償保険法】

第八条 給付基礎日額は、労働基準法第十二条の平均賃金に相当する額とする。

とされており、
通勤手当も休業補償給付等の支給額算定の基礎となる。



【雇用保険法】

(賃金日額)
第十七条 賃金日額は、算定対象期間において
第十四条(第一項ただし書を除く。)の規定により被保険者期間として計算された
最後の六箇月間に支払われた賃金
(臨時に支払われる賃金及び三箇月を超える期間ごとに支払われる賃金を除く。
次項及び第六節において同じ。)の総額を百八十で除して得た額とする。

とされており、
通勤手当も基本手当等の支給額算定の基礎となる。



【健康保険法・厚生年金保険法】
「健康保険法の解釈と運用(平成29年度版)」株式会社法研 平成29年7月発行
P157に以下の記述があり、
通勤手当も「報酬」に含まれる。


3ヶ月または6ヶ月毎に支給される通勤手当は、
支給の実態は原則として毎月の通勤に対し支給され、
被保険者の通常の生計費の一部に当てられているのであるから、
報酬と解することが妥当である。(昭和27年12月4日保文発第7241号) 


定期券購入費は報酬中に包含される。(昭和31年10月8日保文発第8022号) 


定期券を購入して支給することは、被保険者が事業主から受ける利益の一であり、
金銭で支払われるもののほか現物で支払われるものも労働の対償となり得る。
通勤費も生計費中の重要な支出の一であり、
出張旅費の如き実費弁済的ものと異なる。(昭和32年2月21日保文発第1515号)
 

以上をまとめると、

通勤手当は、
時間外労働の割増賃金の算定基礎から除外されることを除き、
社会保険各法では、その他の手当等と同様に扱われることになる。



それでは、
副業・兼業者の通勤手当は、
どのようなルールで支払うべきか?
であるが、
割増賃金の算定基礎の件を考慮すると、
「実費に留める。」べきであると考える。

具体例で考えてみる。

時間的に先行して労働契約を締結した会社をA社とし、
A社契約後に副業・兼業者として労働者を採用した会社をB社とする。



【CASE1:A社およびB社ともに通勤手当を支払わない場合】
この場合、
A社で通勤手当が支給されているか否かに関係なく、
何の問題も起きない。
最もラクチンな選択肢である。

ただし、
B社にとって激レアな逸材でぜひ採用したいという場合、
通勤手当が支給されないことが理由で採用に至らない
というリスクがあることに留意が必要である。



【CASE2:A社は通勤手当の支給がなく、B社は通勤手当を支給する場合】
まず、
A社とB社がどちらかの延長線上にある場合、
問題は発生しない。

住居とA社とB社の位置関係が三角関係にある場合、
A社⇔B社間の通勤費が支給されないことになり、
詳細検討が必要となる。

●自宅⇔B社間の通勤費を支給
住居と就業の場所の往復費用であり問題なし。

A社とB社の所定労働日が完全一致する場合は、
片道のみの支給だけでもよいかもしれないが、
完全一致することはマレだと思われるので、
往復の通勤費を支給した方がメンドクサくないと思われる。


●A社→B社間の片道の通勤費を支給
A社で就業後、B社に出勤する場合、
A社→B社間の片道の通勤費を支給するのは、
実費の範囲内であると考えることができ、
問題ないと考える。

地域によっては、
片道の通勤定期券が存在するようであるがマレであるため、
A社⇔B社間の往復の通勤定期券を支給せざるを得ないことがほとんどだと考えられる。

この場合、
割増賃金の算定基礎に含めるべきか否かグレーゾーンとなるが、
選択肢がない以上、算定基礎に含めなくてよいのではないかと考える。


●B社→A社間の片道の通勤費を支給
恩恵的にB社が支給することは可能だが、
割増賃金の算定基礎に含めるべきである。

A社で勤務するための準備行為としての通勤であり、
これに要する費用は当該労働者またはA社が負担すべきで、
B社が負担する合理的な理由がない。


●住居⇔A社間の通勤費を支給
同上の理由より、
恩恵的にB社が支給することは可能だが、
絶対に割増賃金の算定基礎に含めるべきである。



【CASE3:A社およびB社ともに通勤手当を支払う場合】
A社ではあらかじめ、
住居⇔A社間の往復の通勤費を支給しているものとする。

●A社がB社の途中にある場合(B社はA社の延長線上にあり、B社の方が遠い)
B社がA社⇔B社間の往復の通勤費を支給することは問題なし。

A社休業日にB社で働く場合、
別途その日の実費を支給するのであれば、
これも問題ないと考える。


●B社がA社の途中にある場合(A社はB社の延長線上にあり、A社の方が遠い)
B社が住居⇔B社間の往復の通勤費を支給してしまうと、
A社の通勤費と重複してしまうため、
実費を超えた支給となってしまうため、賛成できない。

B社が支給する場合は、
その全額を絶対に割増賃金の算定基礎に含めるべきである。


●住居とA社とB社の位置関係が三角関係にある場合
A社⇔B社間の通勤費を重複して支給しなければ、
その他の場合は、
【CASE2】のとおりの考え方で支給すればよいと考える。







労働者災害補償保険法の一部改正の施行及び労働者災害補償保険法施行規則及び労働者災害補償保険特別支給金支給規則の一部を改正する省令の施行について
(平成18年3月31日 基発第0331042号)

第2 改正の内容
(3) 療養給付等の請求等(改正省令第18条の5から第18条の10まで及び第18条の12関係)
・・・
このように、事業主の証明を受けなければならない事項から
@のハ中当該移動の起点たる就業の場所における就業終了の年月日時
及び当該就業の場所を離れた年月日時を除くこととしているが、
これは、
事業場間移動は当該移動の終点たる事業場において
労務の提供を行うために行われる通勤である と考えられ、
当該移動の間に起こった災害に関する保険関係の処理については、
終点たる事業場の保険関係で行うものとしていることによるものである。


この論点は、
純粋に労災保険法の取り扱いによることとなり、
以下の具体例の通りとなる。


【具体例】
前提条件:A社就業後、B社に出勤する。

  A社のみ労災適用 B社のみ労災適用 2社ともに労災適用
住居→A社 A社の通勤災害適用 労災適用不可 A社の通勤災害適用
A社→B社 労災適用不可 B社の通勤災害適用 B社の通勤災害適用
B社→住居 労災適用不可 B社の通勤災害適用 B社の通勤災害適用

当たり前のことであるが、
事業所が労災保険適用であっても、
当人が役員である等の理由により、
労災保険の対象者に該当しなければ
通勤災害も適用されない。



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